2017-05

眠り姫と夢王子

泉はいつでもうたっている
寝静まった町の夢のなかで、

遠ざかってゆくぼくの、
白い服は野薔薇の
垣根を離れて、
花飾りは
茨の冠に変わってしまった、
小さなぼくの手は
果てしなく血にまみれてゆき、
魂は悲しんでいる
死にかけた仔羊の
瞳のように。

そして泉はうたっている
ほの白い扉のかげで、

ああ、ぼくだけはきっと
眠らないだろう、
夢見ないだろう
死の日まで

「最後の夢」 セルジョ・コラッツィーニ



ぼくらは黄金のぶどう畑の
泉のほとりにすわっていた。
黙って涙をためてすわっていた。
やさしい恋人の眼瞼に
涙があふれてきた
まるでふたつの帆が
海の微風をはらんだように。

ぼくらの悲しみは愛の悲しみではなく
郷愁の悲しみでもなく
欲望の悲しみでもなかった。
ぼくらは毎日死んでいた
清らかないわれを求めて
やさしい恋人とぼくとは。

だが、あの日はすでに失せて
ぼくらの死のいわれは
二度と甦らなかった。

そして黄金のぶどう畑に日暮れは垂れこめ
あまりにも暗くかげったので
ぼくらの魂にはまるでそれが
降り積もった星座のように見えた。

ぼくらは毎晩、味わった
その不思議な房の実を。
ぼくらは黄金の水を飲んだ。
やがて泉のほとりにすわった。
ぼくらを夜明けが映し出したとき
ぶどう畑は黄金の色を失った。

ああ、やさしい恋人よ、
行きずりの人に打ち明けよ
ぼくらが死にきれなかったいわれを
月にも似た、黄金の水と
甘美な果実とを拒んだばかりに。

そして打ち明けよ、二度と
死ぬことなく、ぼくらが永遠に
命をさまよいつづけるいわれを。

「タンタロスの死」 セルジョ・コラッツィーニ



セルジョ・コラッツィーニ(1886-1907)
享年21。ローマに生まれ、ローマに死す。
1910年前後のほんの短い期間、彼が率いた詩人達を【黄昏派】と呼ぶ。
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