2017-11

生きる糧

幻の馬車 (角川文庫)幻の馬車 (角川文庫)
(1961/01)
ラーゲルレーフ石丸 静雄

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子供の頃お父さんが、沢山のドーナツ盤を買ってきてくれて、ペギー葉山や梓みちよは理解できなかったけど、哀れに恐ろしい童謡の数々は今も頭に残っている。
久世光彦さんが好んで引いた西條八十の歌などと同じに、教科書にも載っていない明治大正生まれの童謡たちは、どうしてあんなに寂しげで、どこか陰惨な匂いを含んでいるのだろう。
「幻の馬車」を読み始めてすぐに、耳の奥から聞こえ出した音律もリズミカルなのに短調で。
タイトルと正しい歌詞を思い出したいのだけど、どうもネットの海に見当たらなくて、困ってます。
川田正子さんが歌っていた「夢のおそり」じゃないかなと思うんだけど、
間奏が「高校三年生」に似てるんだよねえ。
うろ覚えの歌詞はこんな感じ。

遠い町から吹雪をぬって、夢のおそりが駆けてくる
ほうらりんりん聞こえてくるよ、夢のおそりの鈴の音が。

「幻の馬車」というタイトルは、映画化された時の邦題を踏襲しているのだそうだけど、内容的には原題の直訳「死神の馭者」の方が合っている。
素氏いわく、いまだ「幻想文学」といったジャンルがジャンルとして確立していなかった昔、なんとか幻想怪奇を求めて出会った作品だとのこと。
宗教的寓話と呼んでしまうよりも、幻想怪奇側から読んだほうがやっぱり面白いです。

一番面白いのは、ダヴィットが、浮浪者を集めて、大晦日の夜に怖い話をする辺りから。

知ってるか?
大晦日の夜、一番最後に死んだやつは、死神の馭者にならないといけないんだ。
そいつはくたくたに疲れきった右目を盲いた馬に引かせた、今にも壊れちまいそうなほどのおんぼろ車を操ってる。
手綱は何度も切れるから結び瘤が無数についていて、車輪からは恐ろしいぎいぎいぎいぎいときしむ音が出てるんだ。
御者はくたびれ果てた男で、大鎌をもって座っている。
本物の死神じゃない、死神が楽しめないようなつまらない死人を回収する役目を負わされた哀れな男さ。
そいつはいったん馭者になったら、一年間嫌でもその務めを果たさないとならないんだとさ。

などと雰囲気たっぷりに聞かせているうちに、聞き手は退場し一人残された途端、ダヴィットはばたっと倒れて大喀血。
さあ、まさしく。

ほうらぎいぎい聞こえてくるよ、死神のお馬車の軋む音が~♪

おいマジかよ、これって幻聴だよな。
おい誰かここに来てくれよ、起こしてくれよ。
と慌てても体はぴくりとも動かず、ますますぎいぎいの音色は近づくばかり。
そしてついに死神の馭者とご対面。
あんまり人伝えに聞いた姿とそっくりそのままだから、恐怖も絶頂に達する。

実はこの男、ダヴィットと旧知の仲で、お前をこの責苦に引きずり込むのだけは、避けたかったんだがと落ち込んでくれる。
と同時に、一年交代と思われている苦役だがな、その一年が半端じゃなく長いもので、今日を迎えるまで何百年と彷徨っていた気がすると言われ、ますます死にたくないとダヴィットは嘆願する。

さてダヴィット・ホルムというこの男。
ならず者で多くの人間を悪の道に引き込んできた経歴の持ち主。
十字軍の女兵士エーディットは、博愛の象徴であって、彼女に出会った者はいずれも改心し神への誓いに進んでいったのに、このダヴィットだけは改心させることができなかった。
いままさに彼女は肺病で死に瀕していて、彼に遭わせて欲しいと懇願していた。
最後まで神の使いとしての役割を果たそう・・いやいや。
実は彼女はダヴィットのことを愛していたんだ。
さらには彼に妻子があったことを知り、自分の不倫に衝撃を受ける一方で、ダヴィッドから逃げ回っていた妻子に復縁すべきだと進言して、挙句妻子はまたまたの主人からのひどい仕打ちを受けさせてしまった罪にも苛まれているといった状態。

もう大晦日も終わらんとしているのに、馭者は悠長にも、引継ぎ(笑)もしないまま、ダヴィッドを連れて、エーディットへ、はたまた監獄で死に掛かっている弟の元へ、そしてどうしても夫を待てず自死を図ろうとする妻子の元へ連れてゆく。
幻想怪奇的には、死に掛けの人間にだけ薄ぼんやりと浮かび上がる二人の姿が、なんとも素敵に怪しいんだけど。

この話で一見、善の化身って、エーディットに見えるけど、本当はそうじゃない。
一番の救いは、死神の馭者なんだ。
ほんといい奴だよ、こいつ。
交代の時間過ぎても、サービス残業で死に掛けの人のところへ出張して。
ましてや他にも死に掛けはいるはずなのに、ダヴィットにまつわる人の所にばっかり馬を回してやって。
ついには、本当の意味の改心をさせる。
生きる意味を与えてやる。

馭者はこれからまた一年、己が同じ道程を辿ることが分っていても、可愛い呪文でダヴィットを解放してやる。
この呪文は妙にあっけらかんと放たれるけど、腐女子的には愛の呪文にも聞こえるね。
「囚われ者よ、なんじの牢獄より出でよ!」
と肉体からの解放と、地獄への導きを行った馭者は数時間後には
「囚われ者よ、ふたたびなんじの牢獄へ戻れ!」
と、あの懐かしい☆のステッキでも一振りしてもらった気になる。

たしかにここは牢獄ではあるけれど。
僕たち、つまんない、やる気がでないと倦怠感に包まれる者へのとっておきの呪文が、ラーゲルレーフから与えられる。
きっと清らかに澄んだ活力となる。
これを見えざる第三者に依存した言葉ととってしまったら、どうにもならない。
僕たちは神様が自然に与えてくれた果実ではなくて、むしろ早摘みされて冷蔵保存された酸っぱい葡萄に近しいものなんだから。

「神よ、わが魂をして、刈りとらるる前に熟さしめたまえ!」

宗教を越えて、善悪を超えて。
地獄も天国も死後の世界なんて意味がないよって言ってるみたいなところが、何より驚きと面白さがあったのでした。
さすがは、「ニルスのふしぎな旅」の作者です。

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