2017-03

ホッケの開きとマンネリ瘤

読書の主流が図書館で借りてきた本というのは、好し悪しがあって。
絹子の場合、ついつい期限が来たことを理由に、中途で投げ出してしまっていた。
かといって、買って手元にある本は、そのうちにという名分をしょって、いつまでも放置されることが多い。
挙句、取り掛かることもなく、表紙よりも早く向かう気持ちの方が、色褪せてしまったりする。
だから、ここ数年の目標は、例え途中でどんなに躓いても、一度読み始めたら読了すること、なんだ。

でも、読了したからって、理解したわけじゃない。
まるでサラサラとビニールシートの上を流れていく水みたいに、一向に染み込んでこない言葉たち。
20代の頃は、きっといつかは、こういう言葉も、馴染んでいけるんだろうなと希望的観測だったけれど、それから長い年月を経てもいっかな成長していなかったのである。
で、面白そうなのにいつまで経っても染み込まない、高山宏さんのことを、ぶーぶー言ったついでに。
もう何度目かとなるマニエリスムとはなんぞやという質問を素氏にぶつけた。

マニエリスムだけじゃない、バロックも、神秘主義も、唯物論も。
僕は、人が分類のための共通言語として編み出した造語というものがことごとく苦手なんだよ。
だって、マニエリスムと問えば、いっつもあのパルメザンチーズをまぶした鏡が先付けに出されて、メインデッシュは、ホッケの開き!
あー、すみません。
別にふざけてるわけ・・・ふざけてるかも。
でも、パルミジャニーノも、「迷宮としての世界」もいまだ埒外なんだもん。

で、あんまりしつこく質問攻めにするので、眼が覚めてしまったパンダさん。
熱く語り始めました。
そうして、あほっこ絹子が理解できたものとは。

何かが生まれたとき、最初は前衛だったものも、そのうち太い流れになって古典と呼ばれるようになっていく。
その流れが飽和状態に達したとき、マンネリ化したとき、ぷくっと歪みが生じるんだって。
謎めいた、わけわかめなコブができるんだって。
そして不思議なことに、コブはコブで終わり、コブから新たな太い流れは生まれないんだって。
これが、マニエリスムらしいよ。
それにしても、変な言葉だ。
マンネリに甘んじる/を厭うといった精神論でもなく、マンネリからの奇妙な逸脱(それも産物として、未来からの振り返りとして)をこう呼ぶなんて。

とぶつくさ言いつつも、僕ね、初めて理解できた気がする。
だからいつの時代にも、いずれの国にもマニエリスムは生じるんだ。
高山宏が何かって言うと、「これもまたマニエリスムだったのだ!」と吼えるけど。
こういうカラクリだったんだ。
ただ真の意味の共通言語足りえなければ、染み込まないこと=不親切なんだよねえ。
あほっ子にも分るように書いて欲しいよねえ。

ということで、いいかげん、ホッケの開きを食さねば。
じゃあまず、大根おろしでもガリガリ擦ろうかな。

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