2017-09

mk

今日も仕事行けず。
時給五千円の、といっても一時間だけのバイトに夜行きました。
平日の朝は鬼門です。
特に雨の朝は薄暗く圧し掛かる気圧は僕の意識を望外へと投げ飛ばす。
何の音も聞こえず、昏々と眠り続けるだけです。
なので欠勤の連絡すらできません。
そろそろ馘首でしょうか。

**

僕はある種の泣き言めいた愚痴は結構好きなのです。
ある種の自虐的な、それでいて痛烈な嫌味を含んだ深みのある愚痴も好きなのです。
どこか、その人の弱さをさらけ出すような嘆きに通じるところがあるからです。
そして同時に社会に不適合な個人の闘争心、たくましさも感じられるからです。
けれど、特に政治的な表層をもって、他人の揚げ足をすくうような愚痴には辟易とします。
また自虐を騙る自意識全開の愚痴にも吐き気を覚えます。

二者の差異は感覚的には明確ですが、
つまり僕の好悪は判然としているのですが、
その差をはっきりと言葉にしようとするのは、実に困難を窮めるのです。
またそういたものに対する嫌悪を、露わにすべきかいつも迷っています。
嫌悪を伝えると、すぐに返り血を浴びてしまうからです。

また己の弱音というものに対して、
自己肯定感が低すぎる不自由な完璧主義者であるために、
それは先の二者のいずれでもない、いたって醜いものに映るのですが
そういうわりには、僕はいつも弱音しか吐きません。

**

いま罹っている医師の初回の面談のおり
「最初に死にたいと思ったのはいつですか?」
という問いがなされました。
これは想定外の問で、とても奇妙に面白く映ったのです。
なぜなら、答えから導かれる診断にどう影響を及ぼすのかと、さっそく回路が分析を試みようとしたからです。

フラッシュバックの鏡は封印にあります。
僕が胸底にしまった多くの恐ろしい記憶、それと希死はおそらく密接していますが
本当ならそれは小学校の低学年にまで遡らなければなりません。
中学生なら明らかにそうです。
が、記憶が欠落させられています。
鮮明にこの意識を思い出すのは、高校生のバス通学の中の事です。
なぜなら、当時もっとも親しかった友人に口走って、手痛く一蹴されたという別の記憶が付随するからです。

それ以降は、カッターナイフの柄を服の上から胸にどんどん打つ記憶、
当時好きだった、既に死んでいる作家への何十枚もの手紙、
そしてある授業で書いた「自分の願い」を綴った英文の内容を指導教官からこっぴどく叱責された記憶
などと連関して浮上してきます。

医師は、おそらく、ウツがいつから始まり、
双極か単極かを見極めたかったのでしょう。

その程度の問だったのかもしれませんが
本当に、ひどく面白く思えたのです。


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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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