2017-10

mQ-cruel

深夜二時三時になっても布団にいけない。
眠たくないわけではないが
眠らないと翌朝仕事に行けないと思っても、行きたくなさ過ぎて次の行動がとれない。

感情が、地底で平行線をつづける。
ひたすら緩慢、何も気力がおきない。
うねるほどの思考の波に渦巻かれていたときは、それはそれでとても制御不能でつらく
何か吐き出さなければいられなかったけれど
吐き出したいはずのものが、何も見当たらず、思考が消滅していく感じ。

気づくと、自分がどこにいるのか
うだる暑気と蜃気楼の中で、絶望が頭を掴んで落ちろと言う。

人は相変わらず怖い。
例えば翌日ランチに行こうと誘われたり、送別会があるといわれたりしただけで
一人の自分もまあそれくらなら出られるだろうか、一時間程度なら平気だろうかと思ってるのだが
実際にその日を迎えると、激烈に体が拒絶反応を示して、眩暈と金縛りを起こす。

人の声、集団、特に知っている人の塊、声、怖くて煩くて叫びそうになる。

僕が実験しているのは主に2階、4階なのだけど、
春までスタッフルームというのが2階にあった。
実験中は飲食禁止で他のひとはそこで寛いだり、実験ノート書いたりしてる場所。
凄く狭くて、息もできない雰囲気で、それでも夕方とか、座りに行くこともあった。
春以降、2グループが一緒になって1階の大きなへやにスタッフルームが移動した。
ちゃんと、一人に一席確保されている。
でも、もう全然僕はその部屋に近づくことすらできなくなってしまった。
扉を開いて、人の視線にぶつかるのも怖い。
あるいは、タイミング悪しく、大勢が歓談している場面に出くわしてしまうかもしれない。
さらに、苦手な(年下ながら、非常に冷静で穏やかなのだが、目上というだけで苦手)上司が奥に座っている気配を感じてしまうかもしれない。

だから、僕はトイレの洗面台の水で喉をこっそり潤す。
実験室で、ノートも書く。
といっても、これもやる気が起きず、三か月遅れで書いている。
実験室でも時々人が溢れると、行き場がなくなり吐き気と耳鳴りでどうしようもなくなる。
なので時々、堪えきれず、公園にまで遁走する。

どうしても最低限のお金は必要で、
じゃあ他のもっと遁走できないような、時間厳守の職場に行けるのか、終始他人が傍にいるような所で働けるのか
というと、全く自信がない。
今もこれだけ休みとさぼりを繰り返してるのに、普通の社会人が出来るわけがない。

宝くじとか、確率の低すぎる賜物しか望みがないけど
外れるたびに、どこにも逃げ道がないんだと、余計に絶望する。

本を作ることも、読むことも好きなはずなのに
ふと義務になってることに気づくと絶望する。
色んな締切、決められた約束、そういうものが不安でしかない。
実際にはできないくせに、完璧を目指そうと、自分の立てた戒律に縛られて成し遂げられず、のたうち回る。

監視されているような、人から「見られた」と分かる事象が起きるたび
それが毀誉褒貶いずれであっても、ぞっと怖気たつ。
自分の吐いた小さな呟きに自分で吐き気を催し、一日経てば消してしまう。
己だけでなく、
普通に人と話すことが出来る人、いじられて喜ぶ人、褒められて喜ぶ人、エゴサーチができる人、自慢ではないかもしれないけど自分のあれこれを表に向かって発信できる人、すべてが闇。
あらゆるものを飲み込む、ブラックホールが胃の上に空き、
あらかたその一種の「醜く」みえてしまう、怪物のような鈍感のような言い難い塊が、こぞってブラックホールに襲い掛かるごと吸い込まれる。

バキューム音が耳をつんざく。

吸って吸って、キャパなしと思うなよ、吸い続けている。

いつも思うのだ、苦手な人とそうでない人の境界はどこにあるのか。
この穴に飛び込んでこない言動の持ち主なら、なんとでもなる。

**

きっと崖に立つ人に
今さら何を言っても、聞こえないのだよ。
そういう聞こえない状態になるのだろうと、ぞくぞくと分かる。
脳が全面的にフリーズし、固着していくのだから。
言葉はその瞬間、形骸化しノイズと同義になる。
いっそ物理的に拘束してしまう方が、手っ取り早いのもよくよくと分かる。

**
穏健と不穏のあわい。








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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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