2017-05

neptunium

自分をそこはかとなく究極的に追い詰めて、そこから解放された後にどうなるかの実験をしてみる。
そこはかとないのは、実は真の意味での究極と呼ぶには偽りがあるからなのだが。

まずもって、非常に状態がいい。
薬を絶って一週間経つと、腹の調子が実に元気がいい。
なにより精神のフラットさに驚く。
相変わらず僕は人と話さない。
が、それに対して、特別の意味を持たせなくていいのだと気づいた。

脳が暴れない。
狂暴な堂々巡りが収束した。
二次的ではあるが、
むしろ安定剤を絶つことで、急激に落ちて胃が墨に覆われ、全身を黒に染める狂気が消えた。
胃にぶらさがり、地底へといざなう鋼球が消えた。
抗ADHD剤を断つことで、脳の暴走が逆に収まった
ような気がする。

少なくとも高揚も下降もない、この地平線まで続く凪の状態を何と呼べばいいのか。
あの悪魔の声は今もふっと喉の奥に湧くが
以前とは異なった、ささやかな護符のようなものに形を変えた。

僕は公私を常に逆転させ、道をはずれることしか道がなく
正しい時間の使い方もわからず
己を赦すこともなく
また同時に
道に歩ませるよう、公私自体を完全に逆にしてしまおうと努める謹厳さもなく
生ぬるい生真面目さと生半可な反逆にずっと甘んじてきていた。
そういう屑っぷりを、重々承知してしまうと、フラットになる。

海抜ゼロメートルの海でも空でもない、
定点(0,0) から延びてゆく二次元の線上をのっぺり動く、
蛞蝓になる。

恐らく、そこにある鈍感さを、僕はずっと呪い続けて、抗い続けてきたのだろう。

では本当の鈍感を受け入れるとどうなるのか。

それが老いなのか、
終末なのか、
はたまた転向なのか。

いま、薄い目に見えぬ鎧を一枚纏っている気分だ。

たしかに鎧は有用な強靭さをもって、一切突き刺さらなくしているのだ。
外部の棘や刃はもちろんのこと、
内部から突き出たものも。

果たして、鎧自体が鉄の処女へと変化し
もう一度僕は、かりそめの感度を取り戻せるのか。

傍観者としてもよくよく観察せねばならない。


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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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