2017-03

diaspore

本日もーーーーはい、絶賛絶不調!
痺れて動けませーン。
めまいがくらくらですー。
が、ネズミのうんちと血を集めないといけないしー。
這っていきましたー。
2時から出勤だ、おー!
昨日までに泳動写真でパワポ作っといてよかった、対数計算してグラフ描いといてよかった。
高校で習ったlog使ってますかー、使える仕事もあるんだよ、実社会で。
そういうのも実は大好き。
嫌いなのは哺乳類だけかもー。
木曜は週一の呪いの報告日なので、よろよろでメール書いてデータ貼り付けて、絶賛退散であります。
実質四時間で全部やりきったー。
みんなバイバイ。

**

先日S書房百均棚で購入した北杜夫『或る青春の日記』(中公文庫)、ざらっと一気読み。
東北大学医学部に奇跡的に合格してからの四年分。
茂吉がよれよれ、よいよいになって、身罷るまでの姿も含まれている。
茂吉の遺体を家族含め病理解剖に立ち会った様子、たしか『楡家』でも少し描かれたような記憶があるが、ここにも臓器の状態など細かく記されていて、とても興味深い。

北杜夫に多大なる影響を与えたトーマス・マンは僕のベスト5の作家なので
マンについて二十代の彼がどう捉えていたか、そこが一番気になっていたのですが。
『魔の山』を翻訳した望月市恵氏と直接交流があって、色々聞いてるんだなとか、
古本屋で少しずつマンを集めてるなとか、気になることはポツポツあれど。

一番泣けたのは、あとがきの次の言葉でした。


そんなふうに、およそ文学と縁がなかった私が、どうして「木の芽」の、かなり難解な短歌に惹かれたのか、これは今あれこれと考えてみても、どうしても分からない。或いは、血のささやきだったのかも知れぬ。松本へ行ってから、茂吉の「赤光」「あらたま」からの自選歌集「朝の蛍」を手に入れた。これには、私が生まれた狂院のことや懐かしい青山墓地の歌などが詠まれており、いっそう感激した。それまでずっとおっかなく煙ったく思っていた父は、だしぬけに私の内部で、崇拝すべき偉大な歌人に変貌したのである。
それで私は茂吉を模倣した短歌をかなり真剣に作り始めたのである。私の文学の師はトーマス・マンではなく、実は父茂吉であったのだ。



『楡家』では、一切茂吉の歌人としての姿は描かれず、苦悩する精神科医という側面だけしか描かれなかった理由に、思いを馳せる夜でした。

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狸穴幼稚園の図書委員

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