2017-07

feldspar

先週末の事務仕事が尾を引いたのか、ライヴの疲労がここにきたのか
今週は水・木と使い物になりませんでした。
背中に接着剤でできた蜘蛛の巣が張られたみたく動けない。
同時に意識が目覚ましのスヌーズで一瞬浮上しかかるけど、すぐに失神したみたいに消える。
首の後ろに太い綱があって血の気をザーッと引いてる感じ。
起き上がる自分を着替える自分を想像して、動いているような気持ちのまま意識がなくなる。
スマホはすぐそばにあるけど、職場に連絡入れることすらできず、11時まで硬直。
何なんでしょうね、頻発するこの症状。
腕にはなぞの湿疹頻発。

仕事の日に起きることがほとんどなので、行きたくないという気持ちから来てる?
でも行かないと余計に行きづらくなる、生きづらくなるのはよくよく知っていて
動けるなら仕事山積みだから行きますけどと思ってるんだよ。
意識と深層心理の殴り合いみたいなもの?

本日三回目の心療内科。
婦人科での治療も話し、貧血ではなく多血症とも伝える。
「それじゃあどうしたらいいいんですかね」とセンセー。
おいおい、そのために来てるのに。
もうお手上げなの?
「どうしたらいいんですかね、あとは異常に就寝時間早めるくらいしか、でも夜がなくなったらストレス逃がす時間ないんですが」と僕。

結局お薬増やす方向で。
発達障害でも多動性、集中力欠如のADHD用の薬を。
それASにも効果あるのかい?
ジェネリックないので、出費かさむー。
でも試すしかないのよー。

**

初シャーリー・ジャクソン、「鳥の巣」読了。

第二章に至った時、高校生の頃を思い出した。
既に自宅は狂気のるつぼと化していたせいだったのか。
逃げるように休みの日には市立図書館へ行っていたけれど、一時ひたすら精神医学の症例集を読んでいた。
今思うに、答えを探していたのだろう。
そこには統合失調こと分裂症、解離性同一障害こと多重人格など多数の本があり。
深くのめり込んだ僕は、精神科医になればもっと分かるかもしれないという、
つまり誰かを助けるという高邁な気持ちではなく、答え探しのために医学部志望でした。
(おそらく仲の悪い臨床児童心理士になった妹も、答えを探すことが一端だったのではないか)

物語は四人に分裂した女性エリザベスと、叔母と、治療に当たる精神科医ライトの三人だけで進む。
二章は初めて医師と隠れていた人格が催眠療法で対峙する場面。
解説でシャーリー・ジャクソンも一冊の多重人格治療症例集との出会いをきっかけに本書を構想したと書かれており、この二章は特にその影響が色濃く出ていると。
僕もまさに胸の奥にしまっていた幾冊もの翻訳された症例集が蘇った瞬間でした。
当時のタイトルは一つも思い出せないけれど、実は患者の個々の症例よりも僕の頭に刻まれていたのは、医師と患者の共依存という関係性でした。
患者が医師に恋情めいたものを抱くように、人間である医師も患者に関われば深く揺さぶられてしまう。
症例集の筆者たる医師の中にはそれを否定するために、あえて患者側の依存のみを描いているケースが多いことも、当時印象的でした。

「鳥の巣」におけるロングとも綽名される(wright - right - wrong)医師は、非常に弱い人間として描かれていて、
幾度も治療放棄を宣言し、分裂したエリザベス・ベス・ベッツイ・ベティの個々に過度の愛着と、過度の嫌悪を示す。
挙句自己制御できないほど激高すらしてしまう。
母親の死後、姪を引き取り育てたモーゲン叔母も、異様な興奮状態に陥る。
つまり明確に多重人格とはならずとも、人の「自分の知らない他者が内に潜む」姿を描いていると思われます。
そこが小説として非常に巧妙で。
なおかつ分割されたエリザベスの4人格の闘争はさらに壮絶で、たとえこういうプロットを切ったとしても、持続的にこのギリギリまで張られた弦を切らずに成立させる緊張感たるや、恐ろしいものがありました。
いかに世界と対峙することに悶絶しつづけたか、その苦しみが織らせた硝子の糸の布のようでした。

作中では、嫌なおばさんとして位置づけられていたモーゲン叔母ですが。
僕はこの人、結構好きなんです。
特に彼女も姪の多重人格を認めざるを得なくなったとき、一人一人とお得意の嫌味を轟轟と吐きながら、きっちりとあしらえてしまうパワー。
絶えなる智者であり、根底に姪を守り続けてきた愛情があり、ユーモアのセンスも抜群。

特に好きな叔母さんの科白。
冷静にいられない、普通は狂気をこんなユーモアに還る芸当できる人はいない。

コーヒーを見つめながら陰気に言った。
「カップを四つ用意しようかと思ったよ」
そして念のため説明した。
「おまえたち全員のためにね」


さて、最終章に至り、この話はどのように収束したのか/分散したのか?
僕は解説とは意見を異にし、豊饒なハッピーエンドと見ました。
そしてこう落とす必要があったのか疑念を抱きつつ
予想外に幸福感すら得てしまったのです。
(もしかしたらシャーリー・ジャクソンという作家にこんな感覚を抱くのはおかしいのかもしれませんが)
他の人はどう捉えるのか、ちょっと聞きたくなりました。





スポンサーサイト

Alunite «  | BLOG TOP |  » lead

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ