2017-10

overloded

文字が実質的には無意味な文字が溢れかえること
それは、声よりも文字に依存する、文字に信を置く者たちの末期の叫びのようなもの。
緩やかに下り始めた坂道に次第に加速度が加わり制御不能に陥るに似る。

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声が出せない。
文字も音声も誤解の産物となりうるわけだが
後者には、速度と音域とリズムと付随する表情という要素が加わり多元化する。
その複雑な構成物から正しい意図を汲むことが果たして可能なのだろうか。
僕はどんな風に話すのか。
僕はどんな顔をしていただろうか。
鏡に映る人、写真に写る人、こんな人であっただろうか。

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昨日予約の電話で状態を聞かれたが
今朝からのひどい眩暈と金縛りになってみて、
ああ尋ねられていた身体的な症状の大事な部分を言い忘れたことに気がついた。
回路が壊れていて、紙にでも纏めていかないと取りこぼしがぼろぼろと出てしまう。
でも頭が腐っているのでやろうと思うこと、なすべきことの一つとしてなせないでいる。

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去年8年勤めた病院をやめて以前派遣してもらっていた理系専門のW社に復帰した。
8年経つと社風がかなり改善されていて、それはとてもいいことなのだろうが
志が高すぎてついていけない所が多分にある。
同じ派遣会社から来ている人の中にはその辺をすっかり馬鹿にしていてウェブ研修などすべて無視している。
が彼女は職場では非常に明朗明晰であって、誰からも信頼されている。
一方の僕は、ウェブ研修などでできもしない理想論をならべた作文を綴り、
遅刻と欠勤を繰り返し現場では能無しである。

年度末を前に契約継続を希望するか決断せよ、昇給交渉のための自己評価票を提出せよとの指令がくだる。
さていわゆる自己肯定感のない、自尊感情の猛烈に低い自分に
自己評価で嘘(これが現実とどう乖離していても自己認識として)を並べて
「頑張ってます!こんなに成果だしてます!」などと書き並べられることができようか。
それならむしろ、他者からこれだけヘッポコで使えないと言ってもらえた方が、いいにきまっている。
結局本当のことなどどこにもない。
他者の鏡も笑顔ひとつ、挨拶ひとつで曇り照りひび割れを繰り返すのだから。
そこを諦めてしまう方がどんなに楽だろうかと思う。

さて午後といっても今から出かけると3時だけど、行かないと行けないんだろうなあ。

外の空気を吸いに行く、気晴らしに行くと思い込むことにしようか。

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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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