2017-03

本当に遠いお星さま

冬コミめでたく受かったみたいなので、こちらの方はしばらくお休みにするかも。
でも気晴らしで書くかも。

明日の夜から、NHK教育「私のこだわり人物伝」は澁澤龍彦特集です。
一応。うん、ほんとに一応ね、テキスト買いました。
ビデオも鋭意録画予定。
最近思うに、もっと脳天を焼かれるような時代に、総てが乱反射するような時代に出会っていたかったなと思います。
このあいだ、弥生門近くのモスで、女の子が二人、河出ムックの澁澤特集を貸し借りしていた。
なんだか脇で見ていて、純粋にいいなあと思ったけど、むしろ貸し借りしてる本が、もっとコアなものだったら、よかったのになあとも思いました。
澁澤龍彦の本に出会った18の時も、モスにいた女の子くらいの時も、それからずっと長い時間も。
誰ともそういう話をせずに籠もっていたので、もともと微かにしか被ることの出来なかった鱗粉が、いまやどこかに置き去りにされてしまったみたいで、悲しいです。

Image016.jpg


同じように、置き去りにされていた、「ジュルナール律」の復刻版を目の前の棚から引き出しました。
2002年に冬花社から「別冊」を追加して発行されたもので、ホッチキス留め、薄いボール紙函の簡素なつくりです。
村木道彦さんの伝説の「緋の椅子」が載っている第三号に(昭和40年)。
消息として、私の好きな歌人の五本指の一人、浜田到さんの短文が刻まれています。
この三年後、浜田さんは往診に向かった先で交通事故に遭い他界されてしまいます。

十年以上住みつくことを余儀なくされた街の喧噪からやっと解放され、このちいさな町に移ってきてから三年が経つ。当初、深い沈黙を前にして、まるで車窓から見しらぬ灯や樹木をみるように「此処はどこ?」と呟きもした。しかしあの十余年間私はほんとに街に生きていたのだろうか。すべてが性急な上にも性急に実証され解決されてゆく街。一回起こったら起こったきりでもう二度とは回って来ぬすべての出来事。遠さと生成をはらみえぬものを現実と呼べようか? 嘗てSが<血が脈立つための幽暗なものがない、しじまの奥に愛がない>と書いたフランスの不幸は又われらの不幸でもある。現代はたましいの奥に潜み循環する無名なるものとの対話の時代ではない。此処とは何んだろう。われらを超えて働く力に担われている時、私は場所の中にいない。私もやがて識られざる処にまで到るようになるだろうか。そのかすかな希望からも、私は年齢を積むことを信頼する。近来とみに薄くなった髪を冬の風が吹いて過ぎる時にである。
「此処にて―消息に代えて―」



噴水に鼓膜なき少年と居て夜の刻に大き石皿に水あふれけり 【星の鋲】

霧ふかき街にはめこまれたる死者Mのほそき眼の中に地球蛍光す 【円の影】

罌粟を吹くかすかな風に瞠きゐつ「狂気なかりせば生も澄むまじ」 【婚姻】


と感傷に浸りつつ。
知らぬ間に、こんな文献が出ていたんだーと、延びたタヌキの尻尾をメッ!と叩いているところ。

浜田到―歌と詩の生涯 浜田到―歌と詩の生涯
大井 学 (2007/11)
角川書店
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