2017-05

黒死館と脳病院

3年前、M山先生宅を整理しに三軒茶屋と駒澤大学近辺をうろうろしているころ、
道端に大量の書籍が捨てられていて、その中から一冊拾い上げたのが
ずしりと重い函入り単行本「楡家の人びと」(新潮社 1964)であった。

ようやく通勤・昼休みの友として、これに取り掛かることになった。
そこには厚手の大きな栞が挟まれていて、裏面は登場人物表になっており、表面には次のモノクロ写真が印刷されている。

20110218_803052.jpg

この異様な洋館もどきが、物語の舞台となる、実際に明治36年に竣工された青山脳病院(帝国脳病院)であり、斎藤茂吉の義父、北杜夫の祖父にあたる斎藤紀一(物語では、楡基一郎)が創建したもの。
建物自体は大正13年の失火によって消失してしまったが、
さすがは、新潮社、これを栞前面に印刷してくるところ、気が利いている。

楡家の序盤、登場人物紹介に加えて、おそらく同じ写真を見ながら北杜夫がその豪壮ぶりを描写した箇所を引く。

**

 院代、勝俣秀吉は、そういう歴史的風俗的な意味合をこめて、小さな躯をそらすようにして楡病院の正面を飾る円柱の列を眺めたのであった。その柱は一言にしていうならばコリント様式のまがいで、上方にごてごてと複雑な装飾がついていた。一階、二階の前部は、そうした太い華やかな円柱が林立する柱廊となっていたが、階上は半ば意味のないもったいぶった石の欄干を有するところから、バルコニーとよんだほうがふさわしかったかも知れなかった。さらにもう数歩退いて眺めれば、屋根にはもっとおどろくべき偉観が見られた。あまりに厳密な均衡もなく、七つの塔が仰々しく威圧するように聳えたっていたのである。一番左手のものは、おそらくビザンチン様式を模したもので、急勾配な傾斜をもってとがって突っ立ち、先端はまるで法王でも持っているような笏にも似た避雷針がついていた。次の塔はもっと丸みをおび、おだやかに典雅に自分の存在を主張していた。そうして実に七つの塔がすべて関連もなく、勝手気ままに、それぞれ形を異にしながら、あくまで厳然と人々を見おろしているさまは、それがどんな意味合であれ吐息をつくほどの一大奇観というべきであった。なかでも珍妙なのは、正面玄関の上の時計台に指を屈せねばならなかった。それは他のすべての塔、すべての円柱、いや建物全体とかけ離れていた。ほとんど中国風、というより絵本で見る竜宮城かなにかを思いおこさせた。それでもそれは、とにかく中央にでんともったいぶって位《くらい》していたのである。

(中略)

 そして院代勝俣秀吉は、大きからぬ身体をせい一杯のばすようにして、楡病院の全体をほれぼれともう一回眺めわたした。彼の感覚によれば、それはあきらかに幻の宮殿であり、院長基一郎の測りがたい天才のもたらした地上の驚異そのものなのであった。円柱は白く、高貴に、曇り空の下にもどっしりと連なっていた。尖塔は怪異に、円塔はそれを柔げて、写真だけで見たことのある異国の風景さながらにそそりたっていた。屋根の上には塔ばかりでなく、いくつもの明りとりの窓が、それぞれ独立して屋根をつけて突出していた。もともと屋根裏部屋の天窓なのであろうが、楡病院にかぎりこれは純然たる飾りなのである。全体を一瞥して、もっとも人目を惹く柱廊あたりに注目すれば、これはスペインルネッサンス様式の建物だとある人は説明するだろう。しかし彼とてもまた、少し視野をずらせば、全体の統一を破るふしぎな突出、奇妙なふくらみ、なんといってよいかわからない破天荒の様式に目をやったとき、どうしたって既成の知識の混乱と絶望のなかに匙を投げ捨てたことであろう。なかんづく竜宮城を髣髴とさせる時計台に至っては……。
 しかし、これこそ楡基一郎の天来の摂取力と創造力との結晶ともいえる建築物なのであった。彼はすべての図面を自分一人で引いたのだ。外遊時代彼がひとりひそやかな昂奮を抱いて打眺めた数多の建物が、彼の中に沈殿し、かきまぜられ、そのいかにももったいぶった、鬼面人をおどろかさざるを得ない精神の基準に従って、奔放に、誇らかに、随分とあやしげな情熱をこめて形をとってきたものであった。基一郎は素人とはいえ、もともと建築に、なにやかやとでっちあげることに、並々ならぬ興味と才能を有していた。彼は全霊をこめて図面を引き、出入りの棟梁大工たちを督励し、この滅多にない建物を作りあげたのだった。彼は自ら深川の木場に木材を買出しに出かけた。石材も吟味した。棟梁はほとんど音をあげた。だが、院代を初めとする大多数の人間が、基一郎を特別な人間あつかいにせざるを得ない大病院はこうして完成したのである。
 もちろん現在に至るまでは幾多の増築や改築があった。

25-26pp  ※院代=事務局長



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この後描写は、大理石も珊瑚も丹念に細工させた人造物であって、「天才的な見かけ倒しの精神」「見せかけの絢爛さ」と暴露するところもでてくるのだが。
この描写どこかで似たようなものを見た気がしませぬか。
改築を重ねたとか、点睛に竜宮の乙姫を描かせたほどの綺びやかな眩惑とか、はたまたケルトルネッサンスとか。
明治19年創建のあの黒死館の偉容をほんの少し思い出させてくれると感じるのは、僕だけでしょうか。

ちなみに山形県の斎藤茂吉記念館には、青山脳病院の精巧なジオラマがあるみたいです。
こちらのサイトに写真が出ていて、うっとり。


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