2017-05

帯に惑わされるな!

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一ヶ月位前、亀戸のサンストリート来ていた古本市に偶然居合わせた。
こういうショッピングモール系は市カレンダーにも早々でないので、偶然にしか頼れなくて(涙)。
来ていたのは、市川の草古堂さんで、お店の方も何度か行ったことがあるけど、入りやすいくせに侮れない系なんですよね。
以前は、近くのアピタにも登場していて、味を占めた我々は、市が出ないかと心待ちにしていたのですが、いつのまにテリトリーを変えたんだ!

今回の本は、そこで帯がキラリンと光っていたので、200円で買ったもの。
こんな作家で盛り上がるなんて、時代を逆行していると笑ってやってくれ。

★「鐘」アイリス・マードック 丸谷才一訳
 (現代の世界文学 集英社 1969) 

じゃあ、まずその帯の面妖な惹句から。
【姦通、男色、ゆがめられた性の世界――
 囚われた状況のおける男女の姿を描いて人間存在の本質に鋭く切りこむ!】

そして、実は既に家に転がっていた(ダブったのよ、相変わらず)もう一冊、世界文学全集版の帯。
【ドーラは夫から逃れたくて新聞記者ノエルと関係する。
そして男色者マイクルに片恋した。
そういう彼女にマイクルに犯された少年トビーが近づいた…。
社会の規範から外れた愛の形を通して現代人の魂を探るマードックの傑作。
それぞれの人物の孤独な姿は哀切な鐘の響きにも似ている】

訳者はどちらも丸谷才一さんで、中身も同じはず。
なのに、なぜこうも違うことが書いてある。
そして、全集版は惹句以前に大嘘!ちゃんと読んでから書け!
ドーラはマイクルに恋してません。マイクルはトビーを犯してません。トビーとドーラが接近したのは恋愛とは無縁です。
もう、ひどいよこの帯。

そういえば、先日の「十蘭を語る」で浜田さんが、三一版十蘭全集編纂に加わった中井英夫さんの編集ノートから、帯案を読み上げていらっしゃったんですけど。
熱い拳を観た気がするなあ。
帯って、未知の作家に触れるときには大事じゃないですか。
既知の作家の時は、往々にして苦笑になることもありますけど。
今回は、騙されたとまでは言わないですが、確かに帯の内容も若干入っているんですが、本筋は違うんでない?と読み進めるごとに戸惑いが、怒りに変わり、最後はでも面白かったからいいやになりました。

粗筋を書くのは結構難しい。
宗教を中心に集まったコミュニティの中で、反宗教的な感慨にふける人々。。。っていうのも違うな。
遺産として受け継いだ土地(敬虔な宗教活動を行う修道院を含む)で一種の社会的シェルターを築いた青年マイクルが、同性愛者で。
そこには、彼が昔思いを通じたのに、手ひどく裏切られて教職から追放させた昔の教え子ニックもやってきていて。
ニックの妹キャサリンは、マイケルのことを想っていて、一方で尼僧になる決意を固めていて。
大学入学を目前に控えた少年トビーは、マイケルに手を出されてしまい(チュウだけだよ!)。
奔放で不倫を重ねたドーラは、厳格な夫に別居先から呼びつけられてコミュニティの仲間に組み込まれてしまい。
一体誰が主人公なのかといえば、表はドーラで、裏はマイクルという奇妙な構図。

この話で読者が首を傾げ、唖然としてしまうのは、各人が些細な事柄に対しても「こうしたら、ああなる、だからこうしなくちゃだめだ」と延々葛藤と逡巡を積み重ね、引っ張っていきながら。
次の瞬間、ええー?一体この数頁悩んでいたのはなんだったのさと叫びたくなるような、思考と正反対の行動を取るということ。
人間はこうしたものです。
哲学的な思索、深遠な発言を重ねたところで、体は勝手に動いちゃうものだとでもいいたいのかと思うほど、「裏切る」わけです。
次の行動を予測できない不安感は、例えば奔放の名で集約できればいいけれど、「鐘」いたっては決してそうではない。
読者を裏切ること、ままならなさを突きつけることで、余計にストーリーの絶望感を浮き彫りにしている。

一方で、非常に無邪気で、子供時代の冒険心を掻き立てるような、民話的な挿話が底流にあるのです。
この場合は、当然ながら鐘がキーワード。

伝説としての鐘。
14世紀頃、尼僧の一人が外に恋人をもった。恋人は修道院の壁を上って彼女に会いに来たけれど、落下して死んでしまった。
院長は尼僧たちに申し出るように詰め寄ったけれど、誰も申し出ないので、司教が僧院に呪いをかけた。
すると大きな鐘が塔から舞い上がり湖に落ちたので、問題の尼僧は湖で投身自殺してしまった。

その後、幾世紀も発見されなかった鐘。
トビーが水泳中に水底に発見してしまった鐘を、ドーラがなんとしても二人で引き揚げて、みんなを驚かそうとする。
そして深夜、引き揚げた鐘を磨くドーラは誤って鐘を鳴らしてしまう。

またもう一つの鐘。
長らく鐘がなかった修道院に新品の鐘が運び込まれる日、鐘は何者かの手によって荷車から転げ落とされて、川の中に沈んでいく。
それを見ていたキャサリンは発狂し、妹の姿を見たニックは猟銃で自殺する。
コミュニティも鐘の沈下によって、解散へと追い込まれる。

三つの鐘が幾重にも絡まりあい、すれ違い、人々の心や道行きは余りにも絶望の淵に追いやられるのに、情景だけはひどく美しくて、やるせない。
そう表層は、帯で抜き書きにされた人間の行動は現世的なのに、水底はひたすらに澄んでいる。
懊悩も刹那的な欲望も、鐘ととも沈んでしまえば、総て赦されるとでもいうように。
これがマードック流の濾過装置なのかな。

では、鐘を発見する直前のトビーの水との戯れを。
そしてもう一つ、マイクル先生とニック少年の交歓を。
どちらもとても澄み渡っていると思います。

彼は水際に立って体のつり合いをとりながら、下を見おろした。湖の真ん中のほうはぎらぎら光っていて、色がないくらい明るいけれども、水際では緑の土手と青空が反射しているのが見える。明るい色だが、みょうな具合に変えられて、仄暗くて曖昧な世界の彩りになっている。静かな水のなかで泳ぐ魅惑。鏡を通り抜ける感じ。水面という鏡を乱して、こちら側の世界のいちばん下から延び広がってゆくあちら側の世界へと、はいってゆく感じ。トビーは一、二歩踏みだして、身を投げた。
彼はしばらくのあいだそっと泳ぎまわり、水面の波紋が失せて、またぴんと張った絹の布のように水面が顎に触れるのを待ちながら、体が冷たい水のなかで相変わらずほてりつづける、素晴らしい感触を楽しんでいた。まるで銀の薄い膜が自分を覆い、四肢を愛撫してくれるよう。彼は戻って行って、頭と肩だけ水から出し、石の勾配の上に取り残された魚のように横たわった。するとたちまち、灼けつくような日ざしのせいで肌が乾いてゆく。
117P



彼が去ってから、マイクルはずいぶん長いあいだ、闇の中でじっと椅子に腰かけたままでいた。彼はそのとき自分が敗北したことを知っていた。ニックの手の感触は彼に、じつに強烈な、あえて言えばじつに純粋な喜びを与えたのである。この言葉をここで使うのは、いささか異様に響くかもしれないけれど。それはずいぶん長い歳月ののちに思い出しても、体がわななき、もう一度あの圧倒的な喜びを感じるような体験であった。彼はいま、自分の部屋で椅子に腰かけ、目をつむっている。体はぐったりしている。彼は、自分の本性には、こんな甘美な喜びの誘惑に逆らう力はないことを悟っていた。あれからさき、自分はどうしたろうかと、あるいはそのことがどんなによくないことかと、考えるゆとりはなかった。霧のような感情が、彼を固めようとしている決意を覆っていたし、その霧を払おうとしない。いや、決意とはむしろ、ものも言わず身を引きもせずに、ニックが手を自分の膝の上におくがままにほうっておくことだったような気がする。彼は、自分が敗れたことを知っていたし、そのことに気づいたとき、久しい以前から敗れていたのだということを悟った。彼は、習慣的に誘惑に屈服する人々ならよく知っている一種の弁証法を使って、まだ早過ぎるので戦うことができないときから、もう遅すぎて戦うことができないときまでを、一瞬のうちに通り抜けたのである。
翌日ニックがやって来た。それまでのあいだ二人は、ずっと想像力を働かせるのに忙しかった。彼らの気持ちはさらに進んでいる。マイクルは椅子から立ちあがらない。ニックは彼の前にひざまづいた。二人は互いにじっと見つめあう。ほほえみは浮かべない。それからニックは彼に両手を差出した。マイクルは一瞬、その手を強く、ほとんど荒ら荒らしく握り、そうしながら少年を引き寄せる。震えないようにする努力で、彼の体はこわばった。ニックは色蒼ざめて、厳粛な表情である。
82P



いいところで引用止めるな!ですが(笑)絹子さんは意地悪なので、この辺で。
期待を抱いた方は、是非本文に当たってくださいな。

さて、今更ですが、アイリス・マードックって。
てっきり男だと思ってました。
アイリスって名前見ても、口絵の写真見ても、文章読んでも、男だなーって。
でも、宇野千代さんの講評で「女流とは思えぬほど視野が広く、見事に男色の世界を描破した」なんていう言葉があるじゃないですか。
なので、もう一度写真を眺め入った。
うーーん、いや女性にも見える。
かも?

iris68.jpg



この口絵の写真がね、めちゃくちゃ腺病質な青年に見えませんか?
でも海外サイトで画像探すと、結構普通に娘時代からオバサン、老婦人へと変遷してるし。
なんだこの写真だけが特異なんだ!集英社め!
でも内容に繋がるような、若さのキリキリした感じ。
倉橋由美子の若い頃も、こんな感じに引き締まった容貌ですよね。

実は手元に、もう一冊マードック本があります。
こちらは、オヨヨ書林さんで購入。
「砂の城」と聞けば、すぐにナタリーが階段から落ちて流産!ミルフィーユ出てくるな!とか思い浮かべるのは、バカですか。
(しかし小学生の絹子にとって、あの漫画は、初めて触れた大人のドロドロ世界だった気もします、初めて触れたレディコミだった気もします。よく陸奥A子と同じ紙面に並んでいたものだ)
「鐘」の印象がかなり良かったので、続けて読もうかと思ったんですが。
素氏いわく、初期の写植というものはこうだったなんですよー。
縦書き文字が左右にぶれまくる、字間はメタメタ、特にカタカナのひどいことと言ったら!
8版まで出しているなら、何故直さない太陽社!

この日記を途中まで書きかけて、昨日。
一ヶ月ぶりぐらいにオヨヨさんを覗いてみました。
いつもの三冊百円セールで、「極秘」と銘打たれたやばい右翼リストを掴み。
(奥付をわざと印刷していないこの分厚い冊子の発行年を特定することで、またも素氏とひとくさり盛り上がった。キーポイントは、団体結成年と、住所の記載方法。西銀座とかいまは無い地名があったり、川崎市も区制になっていない)

それにしても、小心者の私はどうしても百円だけ払って逃げられず、店の中で何かちゃんと買わねばと思ってしまう、いわば作戦にひっかかってる気もするんですが。
入ったら、海外文学の棚で、三冊目のマードック本が手招きしてました。
分かった、分かったよー、アイリスちゃん。
「ユニコーン」って、また水底にはフォークロアが眠ってるんだね。
またも水底は澄んでいるのに、水面は汚れた油でドロドロになってるんだね。
買いますとも、喜んで!
(居酒屋の店員風・笑)
↓はとても気になる一冊。

ロレンスとマードック ロレンスとマードック
野口 ゆり子 (2004/04/24)
彩流社
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