2017-10

なるべくしてなる

そを聞きにいった啄木も夢中になった
戦前のアナーキストの大ベストセラー、クロポトキン「ある革命家の思い出」(平凡社ライブラリ)に夢中になっている。

こういう古典の心揺さぶるものにこそ、何か同人的な動きをしたいのだけど
つまり、僕はいつも意図せざる物をつくっている感が拭えなくて
各々はそれなりに面白くはあっても、世間の反応と自己の内面とのバランスは、むしろ反比例していて、
おそらく世相は、いつの時代を扱っても
「分かりやすさ」と「やわらかさ」を求めているので、
「お堅いもの」には見向きもしない。
それが商業活動の、非情な原理であって、結局思考を停止させている自分を寒々と眺める。
そして宣伝活動を最小限にとどめる方向に進む。
それは、anywhere but here を夢見るだけで、一歩も踏み出さない己の愚昧にも重なる。

そんなごたくはどうでもよい。

クロポトキンの精神の潔癖さは、透徹したまなざしは、科学的な探究心はどこまでも美しい。
だから百年前から一向に色褪せない。
幸福な貴族の子息の彼が、農奴やシベリアの流刑者や中国奥地の人々に向ける、理想主義とはかけはなれたコスモポリタンの視線に、心揺さぶられない人がいるだろうか。
アレキサンドル二世の近習となり、あえて約束された未来を蹴ってシベリヤ自治に向かい、軍籍を離れ、地理学者として測量と未知の地形を予測する。
端々に彼の自己破綻なき信念と将来への跳ね板が、露わにされ、クロポトキンがアナーキストになるべくしてなったことが、よくよく伝わる。
このような背筋に悲愴で清廉な芯がぐいと差し込まれる読書は、そうそう出会えない。
そういう瞬間だけ、誰かと一緒に泣きたくなるのだけれど、
本当に自分が望んでいるのか、架空の友、地球のどこにもいない友に手を振るだけにとどめる。
僕にはこの振動を伝えるすべが、何もないので、ただ手を振る。

革命というものは、そもそもの出発点から、「踏みにじられた抑圧されてきた者」に対する正義の行動でなければならないものであって、あとになってから行われる償いの約束ではないのである。でなければ、その革命はかならず失敗する。不幸なことに指導者というものは、戦術問題などにばかり夢中になってしまって、いちばん大事な問題をわすれてしまうことがよくある。大衆に向かって、新しい時代がほんとうに始まったんだということをわからせることができないような革命家は、絶対に革命の大きな目的を実現することはできない。  210-211pp







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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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