2017-03

消える法

電車の中で私は一冊の、何の変哲もない新書を開いている。
青と白に二分されていて、表紙にはピカソの子供の落書きチックな絵が描かれている。
タイトルには素っ気ないゴチックで「呪い」と書かれている。

見る人が見れば、白水社Uブックスというシリーズは、「新しい世界の文学」等の系譜を嗣いで、妖しい匂いを漂わせていることは嗅ぎつけるだろう。
そして作家の名を見て、ニヤリとするひとも10万人に一人くらいはいるかもしれない。
(本当はもう少し多いかも知れないけど、どんなに多く見積もっても一万人に一人だ)
けれども「呪い」というタイトルを見て、ホラー?とか安直に首を振ってもおかしくないのである。

さてそんな誰も気づかないんだから大丈夫だよと満ちる君などが囁く一方で、当の絹子は頁を繰りながら唸り始める。
そわそわし始める。
意味不明に隣の眠りについているおじさんが、瞬間ぎろっと目を剥いて笑いかけてくるんじゃないかとか。
向かいで携帯を必死に弄っているお嬢さんが、意味深に足を組み替えるんじゃないかとか。
ざわざわと落ち着かなくなる。

呪い 呪い
テネシー・ウィリアムズ、志村 正雄 他 (1984/11)
白水社
この商品の詳細を見る


これはそういう類の本だ。
実に簡素で凡庸な顔立ちで周囲を欺き、その実とんでもなくヤバイ本なのだ。
最初に現れる「片腕」の元海軍兵は腕を喪失して以来、一切の羞恥を感じることなく売春にいそしみ、ついには殺人を犯す。
刑務所に収監され、死刑を待つ日々に彼の元には、以前関係した男たちから慰めの手紙が何百通と届くことになる。
死刑実行数時間前に訪れた牧師は、「神の御心」をもって「片腕」の青年の恐怖を取り除くどころか、彼に陥落されそうになって逃げ出してしまうのだ。
まさに欠落と汚穢から生まれる奇形の清明さが、男色の骨髄の中で花開き、のっけから頭を打ち抜く。

そして頁半ば、「欲望と黒人マッサージ師」というとてつもない短編に至ってしまう。
地下本として発行されたと解説には書かれていたが、これは「眼球譚」「城の中のイギリス人」を遙かに越えた危うさで(個人的には未成年有害条例なんて馬鹿馬鹿しいと思ってるけど、これこそ一般書籍として扱いが許される境界線を越えているような)迫ってくる。

有体にいって、めちゃくちゃ好みの美学満載なのだが。
意志を持たないゴム人間の真っ白な肉体と、愉悦に一切の罪悪を認めない下層で鍛え上げられた黒い肉体が示すぎらぎらしいコントラストで目が眩み、確かにそこに下水から逆流する薔薇色の怪物の色彩を見失って恍惚としてしまうのだけど。
これは谷崎の「美食倶楽部」を彷彿とさせる一方で、落ち着いて考えるに、力量ある作家(勿論同性愛傾向は極左極右な)が、筆が流暢なことに任せて、みずからの欲望を剥き出しにしてしまったものにも映る。
だから、特に最後のカニバリズムに至っては眉を顰めるどころか、嘔吐をまぬがれない人もいることだろう。

思えば日本の作家にしても、地下であれ地上であれ筆が滑るがままに任せる行為に至った人たちが、特に晩年に醜悪な一面を見せることもあった。
また解説の引用になってしまうが、晩年のテネシー・ウイリアムズは暴露/書き散らしが頻発し、特に『回想録』など「抑制の利かなくなった老女の浅ましさ」を示しているという。
(そういえば、正月の古書市で『回想録』をかなり廉価で入手して、小躍りしていたのだけどね・笑)

さて「片腕」と「欲望~」に挟まれる形で「呪い」(全くホラーじゃないです)と「詩人」という短編が含まれている。
両者にも男色のほのめかしはあるものの、むしろこの二編では、前後の作品の別の一面を強調しているように思われる。
それは、「なすがままの人」いや「なされるがままの人」という確かにどこかにはいても、忘れられる人間像である。
貪欲な管理人に始終見張られ、結核病みの画家に犯される青年も、密造酒を蓄えて若者たちだけに解る万有紀を語る詩人も、みな一撃を加えれれば逆らうことなく撥ねてゆき、また一撃でバウンドしてゆく。
そしてついには、歪んだ笑みを浮かべたまま地上から消滅してしまうのだ。

もしかしたら、テネシー・ウイリアムズという幼年期病弱で家に引きこもっていた彼は、「なされるがままの人」になりたかった、延々と壁(これは乗り越えるべき障害などという、偽善に満ちたものではなく、単純に物理的なもの)にぶつかっては、遠近法と重力の法則に従いながら消え、あるいは跡形もないほど踏みつぶされてしまいと願っていたのではないかと、妄想させる。

消えてゆく方法は、数知れずあるけれど。
もし、煙のごとく、たちまちのうちに消えてしまえたら。
「ご崩御の記」というこの短編集の中でも最も奇譚めいて、怪談的で、その実、最も妖美に結実した作品の中で、我々はその絶妙な消去法に巡りあうことができるのだ。
あるいは、「なすがままの人間」とは、もはや人工物であったほうが幸福なのではないかと。
もう一言付け加えるのなら、男色と同時に大いなるテーマであったはずの「宗教」も「ご崩御の記」でひとつの答えに到達している。

聖人さまはガウンをお開きになって、胸部を露出なさいました。その心臓が薄い塵紙のように何枚にも割れました。その何枚かが吹き出しました。吹き出してお従弟さまの顔に吹きつけましたので、お従弟さまは唾を飛ばして咳をなさり、まるで唐辛子の粉を吸いこんだかのようでございました。私はその薄片が飛散するのを押えようといたしました。何枚か押えまして、押えました何枚かを聖人さまの胸の裂け目に押し入れたのでございます。が、手遅れでございました。時計のゼンマイが微かに軋む音がいたしました。それも、まもなく止んでしまいまして、ビー玉のように硬くて美しい青の眼球が、きらきらしたバネ仕掛けで、まっすぐに飛び出したのでございます。
放せ、とお従弟さまが言われます。
私ども二人して押えていた両脚を放しました。こまかな、冷たい水煙が私どもの顔にかかり、聖人さまの組織はばらばらに分解して飛び去って行きます。三十秒ほどで聖人さまはすっかりお消えになったのでございます。
「ご崩御の記」85P



「宗教は最もみだらなものだ」とのたまうテネシー・ウイリアムズに恍惚としながら、この恍惚感が宗教に通じるのか、あるいは禁欲に巣喰う恍惚感がみだらがましいのか悶々と考えつつ。
次に手に取ってしまったアイリス・マードックの「鐘」との相関に、またしても「世界はかくも繋がるかな」と失笑を禁じ得なかった。

美食倶楽部―谷崎潤一郎大正作品集 (ちくま文庫) 美食倶楽部―谷崎潤一郎大正作品集 (ちくま文庫)
谷崎 潤一郎 (1989/07)
筑摩書房
この商品の詳細を見る
スポンサーサイト

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://quinutax.blog35.fc2.com/tb.php/57-53cd3ba2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

タヌ嬢になりたいミニ絹 «  | BLOG TOP |  » センセエとかいうもの

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ