2017-07

石を積む

どうしてそんなことを強要されねばならないのか、分からない。
霊魂や彼岸を信じる人がいても結構だけど、信じて礼儀を尽くせと無体な理屈を押し付けられるのは御免だ。
焼き場で骨を拾った人、人体解剖に立ち会った人なら、よくよく死がもつ一つの明白な意味を知っているはず。
彼らは立ち去ったのだ、肉体は遅くれても、すべからく立ち去る。
旅人を懐かしむ、思い出す、それも個人の自由だ。
彼らは社会的認知度にかかわらす、偲びたい人に偲ばれればいい。
誰かにとってと、貴方にとってと、私にとってと、みんな異なるのだ、その斟酌も涙も忖度も。

それに彼らはもう何も感じない。
無をただよう、現世との糸を切り、浮かぶ。
だから貴方の『思い出してやれ』は唯の傲慢な強要に過ぎない。

本当は皆分かってる。
遺された者が時間を費やしておこなう『気を済ます』ための長い長い闘いであって、旅人にはもはや現世的な感情はない。

神様がニンゲンを創ったのではなく、ニンゲンが神様を創ったのと、同じように。

こうやって書いて、
また明日から僕は礫に打たれ、
実は内部からの礫を外からだと幻視し、
蹲る。

雪は水分を土に与えて、分子の距離を引き絞り、躓くものを一切受け止めず、
春を知る。
純白のまま、独り正義と潔癖を翳して、
春を知る。
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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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