2017-10

虫眼鏡

先週末はじめて国会図書館でマイクロフィルムを使った雑誌閲覧やってみました。
リールをPCに繋がれた読み取り機にとりつけて、
くるくる巻きながら、硝子板の下から透光させて、その映像をモニターに映し出す。
少しずつ動かして目的の記事を探し、印刷したい場所にきたらPDF出力。
拡大縮小、傾き補正、コントラスト変更もお手の物。
リール回転はアナログながら、なんてデジタルで楽しい作業だったことよ。

先日某古書店の店主さんと話していて、
国会図書館のデジタルライブラリの充実が、古書店(特に和本とか)を圧迫するという話を伺った。
たしかに、ネット公開、あるいは国会図書館限定で閲覧できるデジタル書籍は、本当に多くなったけど。
まだまだ古い雑誌は、追いついていない。
この可愛いマイクロフィルムの資料も、確かに活字部分に限っていえば、PDFで出力しても可読性はあるのだが、いかんせん図像は、真っ黒になっていて、かなりつらい。
加えて、国会図書館といえども、頁欠け、丸ごと一冊欠けだって相当ある。
持参のリストと照らし合わせながら、ああああ、と何度も歎息した。

勿論、他にも所蔵している図書館があるのは分っているけど、
在野の研究者、いやいや一般人には入館すら難しいところも多い。
だから、結果的に、みんな個人所蔵しちゃうのがよくわかる。
だから、必死で探索し続けるのもよくわかる。
時の経過とともに特に雑誌は廃棄されて、灰燼と帰すけれど、それでも、現在の僕たちはデータの共存という意味で、実に恵まれているなあと、日々思う。

ということで、鋭意資料探索中。

***


わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)
(2006/03)
カズオ イシグロ

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続きが気になって、気になって、一気読みするほど面白かった本は久しぶり。
「わたしを離さないで」も素晴らしかったけど、こちらも同じくらい好きだな。
涙が止まらなくなるのは前者だけど、こちらはイシグロ作品にしては珍しく躍動感と、ハラハラ感に溢れていた。

幼少期を上海で過ごした主人公は、両親失踪の後、伯母に引き取られてイギリスで暮らす英国人の探偵。
探偵が主人公だけど、謎解きやハードボイルドは期待できない。
読者を焦らすように、いやそんなことはちっとも大事じゃないんだと、
彼の関わった事件は、ただ捜査のささやかな断片と、事件の名称しか告げられない。
それでも、彼は子供の頃遊びで、隣家の日本人の子供アキラとやった、想像の限りをつくして紡いだゴッコ遊びの中で抱いた夢である、高名な探偵として誰もが知る存在となる。

彼が解かなければならない、最初にして最後の謎は両親の失踪の理由と居場所だった。
アヘンを中国にもたらすことで莫大な利を得ていた企業の社員だった父親。
アヘン中毒で中国人が疲弊することをなんとか阻止しようと活動を続けた母親。
父親が失踪し、ついで母親が消える。

カズオイシグロは、余白や間を非常に大切にする作家だと思う。
曖昧にぼかされた事象、人の記憶の危うさを逆手にとった誘導、そして言葉にすることが非常に難しい、喜怒哀楽とは別個の、人と接することで生じる戸惑いにも満たない、淡い不可解さを丁寧に描き出す。
鮮烈ではない、パラフィン紙を幾重にも重ねて抜けてくる光の欠片のようなもの、
あるいは僅かに灰色がかったシミのようなもの、
そうしたささやかなるものが、層をなすとき、ふーっとその複雑な景色に溜息を吐いてしまう。

幼少期よりも、再来した日の上海は、さらに腐乱の極みだった。
上流階級の、完全なる「世界を無視した態度」と、「責任を放棄した惰性」に覆い尽くされていた1937年。
そこで彼は、優秀な探偵の手腕を最後には振り捨てて、冷徹さも放擲して、両親がいると信じる場所、日中の放火交わる最前線、閘北地区に突っ込んでゆく。
調べてみたら、ちょうどこれは第二次上海事変の終盤に重なる出来事だった。
両親がそこにいると信じて、中国軍の中尉も、日本兵となったかつての友人も無理矢理に巻き込みながら、狂ったように進む彼の姿は、すっかり子供に還ってしまっている。

そう、彼は本当はずっと子供だったのだ。
単なる子供ではなく、ずっと孤児だったのだ。
それもとりわけ恵まれた、ある意味において恵まれた孤児だったのだ。
ということが、最後に僕たちに示された答えだ。

この作品には他にも、形は違えど、二人の孤児が出てくる。
そして彼らは一方で哀しみを湛えつつも、確かに主人公と同様に、「恵まれた」孤児であり続けた。

人は、自己が感じる自身のありようと、他者が捉える自己の間に、どれほど深い謎めいた差異があるのか、それを知らなければならない。
時に、一種の真実は他者の方が握っていることもある。
探偵さんを眺めていた、決して物語には与しない多くの関係者が、とうの昔に、主人公の本当の姿を幾度も見つけていたではないか。
劇的な物語の筋よりも、一層僕を震撼させたのは、そういう部分だったと思う。


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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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