2017-11

霧と光と


須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)
(2006/10/05)
須賀 敦子

商品詳細を見る


昨日の日記の続きのようになるが
この全集の編集委員の一人、池澤夏樹氏はあとがきで
「須賀敦子さんは、イタリアで生まれ変わったのだ」と書いていた。

フランスに憧れて渡仏したものの、フランスが肌には合わず、イタリアに惹かれるようになる。
そしてミラノに向かい、イギリスで知り合った、過激な神父にして詩人であったダヴィデ・マリア・トゥロルドが設立したコルシア書店に出入りするようになる。
自分たちの思想にあう出版物を発行し、自分たちの好みにあう書籍だけを並べた小さな空間。
そこで彼女は多くの「風変わり」な人々に出会い、書店員の一人、ペッピーノと結婚した。
けれども、貧しいながらも幸福な結婚生活は、ペッピーノの早すぎる死で断ち切られてしまう。
十三年のイタリア生活に別れを告げ、彼女は日本に戻って翻訳業や語学講師をされていたようだ。

エッセイの中では、長い熟成期間を経た、ミラノを中心に出会った多くの人の肖像が、当時の彼女の心情とともに、ゆったりと語られていく。
濃密な時間とかけがえのない思い出が、霧に包まれているというその街や、友人や書店のパトロンたちに誘われて訪れた変化に富んだ、それでいて人々の生活の匂いのする風景とともに描かれている。

志して、最初の望みどおりの場所に、自分を見つける人もいれば、
他方、なぜか分からぬまま、その場所に立っていて、
気づけば、そこがまるで本来自分が生れ落ちるべき道の上であったと、
長い時間を経て、気づく人もいる。

これらの風景は筆者の瞳を通過して、外側に向かっているから、なかなか視線の根元はみえないのだけれど、
いつもそこには、柔らかで寂しい光が、木漏れ日のように当たっている。
彼女の人々との交わりは決して積極的ではないようにも思えるけれど、
若さが芽吹かせる好奇心に突き動かされて、
分け隔てなく「人間」の中身を見ようとする、清明な、やはりクリスチャンらしい付き合い方が
多くの人を惹きつけたにちがいなかったのだ。

孤独はいつもそばにあり。
僕は、余りに早くそれを知りすぎてしまい、
それを心地よいと勘違いしすぎてしまい、
そのせいで、排他的にもなり、攻撃的にもなってしまった。

けれど、いつの間にかじわじわと、
ああ、長い間ずっと傍にいたんだね、と呼びかけるくらいのほうが、
それも、親しみをこめて、慈しみをこめて、弱く微笑んであげられるくらいのほうが、
本当は、一番己に対しても他者に対しても、優しい人になりうるのだろうと思う。

風変わりな人々を生み出す土台は、
イタリアには、日本ではおぼろになっている、多くの人種と階級の差が厳然とあるからだろう。
そしてコルシア書店があった当時の60年代という時代の、激しい思想のうねりも、複雑な人々のありようを示している。
けれども、基本にあるのは、そこに集っていたのが、若者だという事実。
馬鹿騒ぎも、論争も、恋の行方も、みな青い時間に凝結しながら、最後には果敢ない終焉を迎える。

全集第一巻に収められた『コルシア書店の仲間たち』のあとがきが、
あまりに美しいので、引用しておきます。

コルシア・デイ・セルヴィ書店をめぐって、私たちは、ともするとそれを自分たちが求めている世界そのものであるかのように、あれこれと理想を思い描いた。そのことについては、書店をはじめたダヴィデも、彼をとりまいていた仲間たちも、ほぼおなじだったと思う。それぞれの心のなかにある書店が微妙に違っているのを、若い私たちは無視して、いちずに前進しようとした。その相違が、人間のだれもが、究極においては生きなければならない孤独と隣あわせで、人それぞれ自分自身の孤独を確立しないかぎり、人生は始まらないということを、すくなくとも私は、ながいこと理解できないでいた。

若い日に思い描いたコルシア・デイ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちはすこしずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野ではないことを知ったように思う。
374p



スポンサーサイト

星の街 «  | BLOG TOP |  » 檻の中

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ