2017-09

ピョートルの恋

週末「悪霊」読了。
うーーーん、凄かった。
追い込まれた人間の発狂寸前の凄まじさが随所に現れていて、
実際には脈拍はあがっていないのに、心臓の裏打ちが聞こえるような気分になる。

すかさず、亀山先生の一度は読んだこの本を再読。
先生が用いられる「使嗾 しそう」という語彙にもっとも相応しいスタヴローギンのことを、延々と考える。


ドストエフスキー父殺しの文学〈下〉 (NHKブックス)ドストエフスキー父殺しの文学〈下〉 (NHKブックス)
(2004/07)
亀山 郁夫

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「悪霊」を読む前は、
ただあらすじだけを読んでいた段には、
もっと積極的に悪意を前に出す人物だと思い込んでいたのですが、
全く違った。

或る意味、今までにない「巻き込まれタイプ」なのかもしれない。
完璧な美青年で、貴族でありながら学は不十分、実際一番熱心であったのは、スケコマシ。
生きることに倦んでいて、戯れに発する言葉は、戯れであるはずなのに、
我知らずその言葉や振舞いは、人を強烈に感化し、彼を「絶対神」のように祭り上げてしまう。
スタヴローギンに惑わされてた三人、ピョートル、キリーロフ、シャートフの崩壊ぶり。
むろん、スタヴローギンは、彼らがどうなろうと知ったことではないのだけれど。

ピョートルは、本当はただ一つしか作れなかった五人組を操り、
あたかもペテルブルグで起きている革命運動の巨大組織の指令を受けていると偽って
県知事夫婦をはじめ、権力者たちを地に落とそうとする。
彼はまだ五人組を一つしか作ってはいなかったが、この先スタヴローギンを頂点とした真の革命を起こすことを、夢見ていた。

確かにスタヴローギンの告白(「チーホンのもとで」)における彼の少女陵辱や、少女の自殺を止めないことにマゾヒスチックな快楽を得る部分の衝撃も強いのですが。
僕が一番強烈なイメージを受けたのは次の場面でした。

やっと人神論者キリーロフが自殺する決意ができて(神無き世界では、人間が神となり、その最初の人間は恐れなき死によって神となることを証明する、これはスタヴローギンのある言葉に感化されて作り上げた思想であった)、その現場に立ち会うピョートルの焦りと狂気でした。
キリーロフは、いつでも自殺する準備は整っていて、己は死することにのみ意味があるのだから、ピョートルたち革命派の都合にあわせた、遺書を書いてもいいと宣言していたのです。
ピョートルは、自分の思い通りに人間を操るために、既に密告などしない、ただ考えが変わったから(これもまた、スタヴローギンの言葉によって)足ぬけしたいといっているだけのシャートフを、五人組たちに「密告するのは当然」と思い込ませて、殺害させるのです。
ドストエフスキーが最初に「悪霊」を書くきっかけになった、実際にあった内ゲバ事件を描いた部分です。
ピョートルはなんとしても、キリーロフに遺書を書かせてこの殺害の罪を被ってもらいたい、だがなかなかキリーロフは書いてくれない、ようやく書いてもらっても、なかなか自殺してくれない。
その描写の恐ろしさ、湿度の高い粘り気が絡みつくような時間の停滞。
「チーホンのもとで」は反社会的ということで、連載や最初の単行本では、作者の抵抗を受け入れず削除され、その後書籍自体が発禁となって、何十年と読むことが叶わなかっただけあって、表現がかなりぼかしてあります。
けれど、ピョートルとキリーロフのこの最後のやりとりには、一切容赦がなく、むしろ殺害シーンよりも遥かにおぞましいのです。

で。
なぜ、ピョートルがこんなにも焦っていたのかというと。
彼が殺人罪を免れることよりも、自分が神輿をかつぐ、スタヴローギンの消息が数時間前に絶えてしまったのが、一番の原因だったと思われます。
どんな工作をしようと、自分がどれだけ多くの人間を操ることが出来ると示威したくとも、見てほしい人は消えてしまったのかと。
かといって、回り始めたものを最早止めることはできず、ならば完遂あるのみと。

ピョートルは二巻の最後で、まるで愛の告白のようにスタヴローギンを崇める言葉を吐き続けました。
貴方がいなければ、僕の夢の国は総て崩れ去るという叫び。
もともとは、ピョートルもキリーロフやシャートフのように、スタヴローギンの言葉によって、歪んだ理想を育んでしまった。
そしてピョートルの思いは、当然ながらスタヴローギンを動かすことはなく、虫けらの扱いを受けるだけだった。
つまり、BL的には、非情な悲恋に終わるわけです。

では、読んでいると、赤面してしまうような告白シーン。

「スタヴローギン、あなたは美男子です!」なかば恍惚としてピョートルは叫んだ。
「ご自分が美男子だってことを、ご存じなんですか? あなたのなかでいちばん大事なのは、ときどきそのことを忘れているってことです。そう、ぼくはあなたという人を研究しつくしました! ぼくは、しょっちゅうあなたを、横から、隅のほうからながめているんです! あなたには素朴なところ、ナイーヴなところもあります、そのことをご存じなんですか? まだあります、まだ残ってるんです! あなたはきっと苦しんでいるにちがいない、真剣に苦しんでいるにちがいない、その素朴さのせいです。僕は美を愛している、ぼくはニヒリストだけど、美を愛してるんです。ニヒリストが美を愛さないとでもいうんですか? 連中はたんに偶像を愛さないだけです、でも、ぼくは偶像を愛している。で、あなたはぼくの偶像なんです! あなたはだれも侮辱しない、なのにみんながあなたを憎んでいる。あなたはみんなを平等にながめている、なのに、みんながあなたを怖れている。そこがいいんですよ。
(中略)
自分の命であれ、人の命であれ、命を犠牲にすることぐらい、あなたには屁でもない。あなたこそ、まさにうってつけの人です。ぼくには、ぼくには、あなたみたいな人がまさに必要なんです。ぼくは、あなた以外にそういう人をだれも知らない。あなたは指導者だ、あなたは太陽だ、ぼくはあなたに寄生する蛆虫だ…」
 彼はそこで、いきなりスタヴローギンの手にキスした。悪寒がスタヴローギンの背中を走りぬけ、ぎょっとしてその手を引き離した。

第八章「イワン皇子」 p513-515

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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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