2017-05

こわばり

先の中村真一郎の月報の結び近く
「老年の訪れとともに、グリーンの魂の中には、ほとんどかたくななといいたいような、こわばりを感じるようになって来ている」
という箇所がみられる。

この「頑な」という言葉の意味するもの。
筋肉がしなやかさを失い、徐々に固まっていくように、
人は社会道徳あるいは他人の見出した真理などからは遠く離れて
経験にもとづく、いくつかの決定項をつくりあげてしまう。
固執、不可侵の取り決め、こういう風にしかならないという思い込み。

これは誰にもあることで
「三軒先のじじいの頑固さにほとほと呆れる」
とかいった表現にも近いものもあるのだろうけど。
でも、彼が表現者ならば、異なる見方もしたいと願ってしまうのは
難しいことだろうか。

特に選ばれし鋭敏に研ぎ澄まされた感覚と
年経るごと、ひとつずつ残酷にも交換せねばならない
この膠着を放置したままにすることに抗わないはずはないだろうし。
もし、交換させられていることすら、感じ得ないようになってしまうなら
もっと切ないだろうと思う。

**

誰かに憧れること、誰かを尊敬できること。
そういう、ある種の崇高な時間を持てる人を少し羨ましく思う。

僕にはもうほとんどそういう対象はいなくて
唯一思いつくのは、鯵缶のボーカルさんだけど
ライブには行くけれど、直接会いたいとかは思わない。

ただ、遠くから観ていて感じる姿は、
本当は非常に排他的で他人に理解を求めないのにもかかわらず
志向が世界に向かって開花し
たゆまない積み重ねによって、
年齢に逆行して感覚を磨き、
言葉や音自体のもつ力を倍加できるようになっている人だということ。

天賦の才は決して永続的なものではなく
むしろ確かであったはずの種の多くは無情に啄まれ朽ちる中で
抗い転げまわって、
今も「綴ること」「響かせること」ができるという力に驚嘆しています。

**

若気の至りは、万民に注ぐ太陽みたいなものではあるけれど
しかし手放したくないと、もがかなければ
簡単に陰ってしまうのだろうと、
単純なことながら、自分に言い聞かせる。
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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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