2017-08

ことのは

ここ最近はひとのブログとかtwitterほとんど見なくなってしまった。
もともとツナガルとか、目指していないから
見ないからといって問題はないのだけど。

自分の発信がつらいのは
自分の考えていること、感じていることの1/100も文字にすることができなくなってしまったから。
頭に入って、変換される時に、語彙が腐る。
変換しようとしても、乖離してゆくばかり、空疎な方向へ。

紙に書き落とす方が、まだ少し近くなる気がするので
最近は、紙に書くことにしました。
もともと、人に読まれることに恐れて
(それが意味するところは自意識の断崖みたいなもの)
いるから。
紙上の文字を移す方が、ましなのかもしれない。

十年前に書いた文章とか読むと
「掴めているなあ」と思うことが多い。
感覚が、瞬間凍結されているような。

いまさらロシア語とか勉強するのは
自分の、こういう鈍感に愚昧になってしまったものを、
本当にそうなんてしまったんだよ、君は
と自分に言い聞かせる作業なのです。

何か原書で読みたいとか
ロシアに行ったるで~とか、
野望はなにもない。
確認作業なの。

なぜそれが、完全に未知の言語に身を浸すことで可能になるのか
と工程を組んでいる僕も
ほら、言ったように変換回路が壊れていて説明できない。

**

一週間前の手帖より

**

ジュリアン・グリーンは百歳近くまで生きた。
彼は思わなかったろうか。

なぜかくも長く生き続けなければならないのかと。
これもまた原罪のひとつであろうかと。

快楽の飢餓を絶ち、放心もせず、ひたすらに苦悩し続ける者にとって
ある種の劫罰を常に受容すると誓ってしまった者にとって
我知らず、潔癖の習いを身につけてしまった者にとって
生は、あまりにも長すぎる。

**

僕は僕を許せないんだ。
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プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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