2017-06

作り手の事情

長時間電車に乗れると読書が進む。
一日二、三時間坐って通勤できるといいのになあとつくづく思う。
何しろ歩いている時間が多すぎるんだよ、僕の通勤時間は。

で、ようやく「クリスティー自伝」読了。
色々知らないことを知ることができてよかった。

私生活的にいうと。
ものすごく世界中を旅行してること。
前夫のアーチーは何しろ暗いことが嫌いで、アガサのお母さんがなくなって遺品整理に帰って朦朧としている間、僕は暗いのが嫌なんだと言っていたと思ったら、浮気していて離婚になったこと。
四十歳の時に、若い(十三歳年下)の考古学者にプロポーズされて、再婚したこと。
演劇やピアノは大好きだけど、人前で話すことが大の苦手だったこと。
家を沢山買って好きなように改築するのが大好きだったこと。
一番好きだった家が大戦下軍に接収されて、戦後勝手に作られた十四個ものトイレを撤収してもらうのにすったもんだあったこと。
長い間、書くことは収入に直結するためになされていたこと。
苦しいことがあっても、いつも感謝と日々の喜びをすべてに見出そうとしていたこと。
牛乳が嫌いなこと。
自分の小説の脚本化を自分で行うことがとても好きだったこと。
そうしてできた舞台を観に行く初日に、いつもどきどきしていたこと。

そして。
意外とこの本には、「彼女は小説をいかにして書いていたか」ということについては、あまり触れられていません。
とはいえ。
いつもヒント、種が何年も抱え込まれて、常にストックされて熟成されるのを待っていたとか。
作家のご多聞にもれず、もーだめー、私何も書けないーと一ヶ月くらい転げまわっていると、ご主人のマックスが、「大丈夫、君はいつも書けてるよ」って励ましてくれたとか。
「そして誰もいなくなった」のような難しいプロットは、何ヶ月もかけて挑戦する喜びがあるとか。
メアリ・ウエストマコット名義で書かれた、いわゆるリリカルロマンスものは、一字の書きなおしもなく、自分のイメージやスケッチが溢れて一気に書き上げられたこと。
作家はよき批評家になることは不可能であると考えていたこと。
なんていうささやかな秘密の開示がありました。

どうやって、なぜ、どこにむかって。
貴方は書くのですか。
その問いかけは愚問になるだろうし、
いや、もし答が見える形で出されていても、それが全てなわけもなく。
作家自身にも言葉にできなことも多く。
むしろそこは、吃音であるがままのほうが、よかったりもする。

少しだけ、その開示されたアガサ主義の一端を引用しておきます。

何かがうまく書けることをあなたは持っていて、うまくそれが書けたと喜んでいて、それがよく売れることを願っている。ならば、それに必要な大きさと形を与えなくてはなるまい。(略)
小説を書こうと思うなら、どんな長さにするか研究し、その制限の中で書くことである。あるタイプの雑誌にあるタイプの短編を書こうとする場合も、その雑誌に掲載されるタイプの短編、長さにすべきである。
自分自身のためだけに書くのであれば、それは別問題である――どんな長さにでも、どんなふうにでも好きなように書けばいいし、それを書いたということを一人で楽しみ満足できるだろう。
生まれつきの天才などと考えて書き始めるのはまちがいだ――天才もいるにはいるが、きわめて少ない。いや、作家は職人なのだ――りっぱな、正直な仕事をする職人である。技術的な熟練を学ばなくてはならない、表現様式の修業に身をゆだねなくてはならない、そうすればその仕事の中に自分の創造的な考えを盛り込むようになれる。

「アガサ・クリスティー自伝」下巻 100p



わたしは戦争中に、一部の人たちが感じていたような書くことの困難はおぼえなかった――たぶんこれはわたしが心の中のべつの部屋へ自分を切り離せたからだと思う。自分の書いている小説の中の人物のあいだにわたしは住んでいられる、そして彼らの会話を口の中でつぶやき、わたしが彼らのために造り出した部屋の中を彼らが歩きまわっている姿をみることができるのである。

下巻 390p



(犯罪者には毒入りの杯か、人体実験での社会奉仕の刑に処すべしと述べて)
探偵小説とは遠くかけ離れたことになってしまったようだけど、わたしが犯罪者よりも犠牲者のほうにより関心を持っているという説明にはなっているだろう。犠牲者に熱心になればなるほど彼のために輝かしい憤りをおぼえ、死の影の谷間から犠牲になろうとしていた者を救いだしたときには、うれしい勝利感でいっぱいになる。

下巻 299p

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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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