2017-10

ぞっとしてみる?

ぞっとしない。
日本語なのに、いまだに理解できない言葉のひとつがこれ。
だから一度も文章の中で使ったことがない。
「ぞっとする」と「ぞっとしない」の違いって何なんでしょうか。
まあ、今日は「ぞっとしない」本、三連発ということで。

つまみぐい文学食堂 つまみぐい文学食堂
柴田 元幸 (2006/12)
角川書店
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まずは日本語もろくにできないのに、他言語に挑戦するなんて浅はかだな、じゃあ、大好きになった海外物は信頼できる翻訳者でなくちゃということでこの一冊。
鼓直さんとか、木村榮一さんとか、河野一郎さんとかと同じくらいに全幅の信頼を傾ける柴田さんの「不味い」文学案内・笑。
「不味い」食事の話題は「美味い」食事の話題よりも盛り上がるねという巻末対談から来ています。
なんといっても、これ私の溺愛漫画家の三本指に入る吉野朔実さんとのコラボになっているんですよ。
イラスト(柴田さんをモデルにしたというチンチクリン眼鏡小僧が小憎らしい)と対談と。
たとえ新刊といえども、これを買わずにいられようか。
幸い著者の勤務大学の生協書籍部には、平台に積み上がってるんですもん。
(もちろん、ポール・オースター著作集とかエドワード・ゴーリーの絵本たちも、並ぶぜ並ぶぜ!)

一気読みして、ふーっと満腹満悦の嘆息を吐き出した…と思いきや、そうではなかったんですね。
実は最後に載っている対談は中盤に読んでいて、最終章に何が書かれているか知らなかった。
こんなこんなこんな恐ろしい話が載っているなんて。

前ふりが長くなりますが、絹子さんは偏食です。
それもなんというか…変な偏食なんですよね。
口に入れられないほど嫌いなものは、そんなに多くない。
というか、まあ極力極力最大限何度も挑戦してそれでもダメなんだから止めてくれーな食べ物が、牛乳、納豆、雲丹、スジコ、塩辛、柿、カルピス…。
え?十分在るじゃないかって。
まあそうなんですが、これはどう変化しても食えない奴らで、実際何が変かというと、食材は同じでも調理方法で食べられる食べられないが大きく変わるということですか。
例えば、海老。
海老フライ◎、海老の握り◎、海老の姿焼き◎、海老の天麩羅○、海老シュウマイ○、海老の佃煮○、海老チリ△、海老グラタン△、チャーハンの海老△、八宝菜の海老×、海老カツレツ×、海老の煮物(殻付)×。

例えば、烏賊。
烏賊の握り◎、烏賊するめマヨネーズ付◎、烏賊の刺身△、烏賊リング△、烏賊の煮物×、烏賊墨スパゲティ×、烏賊焼き(屋台版)×、烏賊ポンポン(ご飯が詰まった奴)×、烏賊の塩辛×××。

こういう◎から×までがずらりと並ぶ食材が、まだまだ山とあって、特に機嫌体調が悪いときには、△は×にシフトするので、我が家の主夫が頭を抱えるのも無理はないと思われます。
食の好き嫌いは子供の頃に確立されたものだといわれますが、まあ大人になって食べられるようになったものそれなりにはあります。
でも子供時代の特に給食のトラウマって大きかった。
柴田さんがメルヴィルの「白鯨」を引き合いに、何度も美味かったと叫んでいた鯨は大好きでした。
昭和50年代辺りに小学生をやっていた人までくらいなのかな、あの旨さを堪能できたのは。
絹太さんは、一度揚げたものをケチャップ風味の酢豚みたく仕上げた大和煮を思い出すだけでじゅるっとします。
一方で牛乳が飲めない子は6年間が地獄です。
「いただきます」と手を合わせた瞬間、鼻をつまんで一気飲み。
冷えていればまだなんとかいける、でもぬるくなっていたら…泣く。
だからチビチビと飲んでいる奴、こぼして匂いを漂わせている奴の気が知れなかった。
上にも書いた海老カツレツ。
これは、腎臓の形をした(空豆と書け!空豆と)カツで、中に海老グラタン様のものが詰まっている…うう。
フルーツサラダ…これはデザートですね、甘いヨーグルトに果物が浮かんでいる…うう。
そして、極めつけ。
これが一ヶ月の給食献立表に見えたら、一日中憂鬱になった代物。
ポークビーンズというか、豆のロシア風煮込み…ぎゃああ。

まあ私の食べられないもの百貨店はどうでもいいとして、不味いものほど盛り上がるというのはよく理解できます。
だって人と最初に知り合ったとき、話題に欠いたら、「何が食べられない(ここ傍点)?」って聞くと、さらに相手の返答が極まっていると「信じられん、あんな美味いものを」とかなんとか、打ち解けやすかったり…しませんかね。
「人生で一番不味かったもの」も盛り上がりそうですけど。

とそんなこんな、食をめぐる英米文学(独逸や仏蘭西も入ってますが)に目を奪われつつ、ブローティガンいいよねーいいよねーと深く頷き、あーなんて変な話なんだろうとか、自虐的を愛する柴田さんの思い出話にニマニマしつつ、頁を繰る幸せよ。
残念なのは、面白そう!と唸った作品ほど、日本では翻訳が出ていないことを知らされたりすることだったり、はたまた、この本で使われている字体が奇妙で、目がちかちかしてくるんだよーとか、まさに旨味の中に後5ngの隠し味が…と言いつつも、最終章に辿り着く。

さてさて、ここに出てくる柴田少年が実体験したという話。
素氏にしたところ、それはすごく良くできた創作なのではないのかというのですけど、元ネタも匂うというのですが、電車の中で震え上がって自分が今どこにいるのか不明になるくらいだったので、もうホントウでもウソでも大喝采!なんです。
一応、この本最大のネタな気もするので伏せ字にしますが、めちゃくちゃ怖かったよー。
こんな体験したら、一生トラウマで何もかもが怖くなりそうだよー。

通り一辺倒のチンドン屋に興味を失っていた柴田少年は、ある日「ワシントン広場の夜は更けて」をジャズアレンジしながら流していくチンドン屋の音色に誘われて表に飛び出した。
後を追いかけて行くうちに自分は全く見知らぬ街に着いており、不安になって振り返ると、彼らもいなくなっていた。
お腹もすいてますます不安。ポケットを探ると15円を発見した。
10円で焼き鳥を頬張り、残りの5円でソース煎餅を買うことにした。
ふと通りに駄菓子屋を見つける。でも、なんだか普通の駄菓子屋と違う。
店は薄暗いし、駄菓子もあるけど壁に掛っているものも怪しいし…。
それでも顔を出した怖い顔のおばあさんにソース煎餅を注文すると、「うちのは特別だよ」と言いながら奥に消えた。
戻ってきたおばあさんが手にしていた煎餅は、茶色いソースではなく、見たこともない真っ赤なものが塗りたくってあった。
変だなと思いながら掴んで歩きながら匂いを嗅ぐと、鉄錆の匂いがする。
今まで一度も食べ物を粗末にしたことがなかったのに、初めて「食べたくない」という思いで一杯になって、叢に投げ捨てた。
振り返ると、おばあさんが般若のような形相で立っていた。
おばあさんは少年の首根っ子を掴み、駄菓子屋の奥に閉じこめた。
あの真っ赤なものは血で、僕以外に子供が攫われて生き血を抜いてはソース煎餅に塗っていたのかもしれない。
僕も殺される。
生き血を抜かれてしまう。
誰か僕をここから出してよー。


落ち(というか落ちていない気もしますが、とっても素敵に震えつつ自虐的で愛らしい結語)は書きませんが、いやー怖い怖い。
こんなさっくり私の下手なあらすじだけを追うよりも、是非とも本文を!
ここの所、柴田さんのエッセイや小説もめきめき出版されているので、これからも追いかけますよ。


で、次の恐怖。
以前にそのアンソロジーのできに惑溺させられた「文豪傑作選-吉屋信子集」の余韻がまだ続いていて、こちらもやっとこ入手。
前書の解説で、是非こちらもと書かれていたので、どんな新しい話が入ってるんだろうと大期待のもと繙いたのですが。

鬼火・底のぬけた柄杓―吉屋信子作品集 鬼火・底のぬけた柄杓―吉屋信子作品集
吉屋 信子 (2003/03)
講談社
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実は、これは二部に別れていて、前半が短編集、後半が俳句論になっている。
そして悲しいかな、「文豪傑作選」とのダブりが多い。
ちょっと損したかなという思いは拭い去れないんですが(なんといっても、講談社学芸文庫は異常に高値だから)、だぶっていなかった話が、これまた大当たりでした。
「童貞女(びるぜん)昇天」は隠れ切支丹が逃亡の途中に産み落とされた女の子が成長し、ただ一人山奥の修道院に暮らしている話なんですが。
彼女は尼僧の戒律を固く守って、誰とも接触することなく、ただ犬とのみ暮らしている。
その犬も老衰でこの世を去り、彼女自身も老いを感じて死期が近いことを予感している。
そんな夜更け、一人の美しい遊女が助けを求めて訪れたことで、生まれて以来総てを神に捧げてきた尼僧に啓示がくだる。
書き出しは、一人暮らしのはずの僧院の焼け跡の中から二人の女性の遺体が発見されたところから始まる、ミステリアスな提示なのですが、次第に明らかにされていくのは、壮絶な緊迫感なのです。
そして究極の同性愛と呼べなくもない。
ちぐはぐや誤解は多く滑稽味を生み出しますが、この作品は、一生という長い時間に純粋培養された抑圧が一気に爆発する、真っ赤な火柱なのです。
その赤ともう一つ呼応するのが、赤蜥蜴。
犬が食いちぎり放り投げた赤蜥蜴の死体が浮かぶ水場で、死体に気を留めず水をくむ尼僧の姿の背後に漂う奇妙な官能。
赤蜥蜴は、彼女が伝聞によってのみ信じ続けた世の汚れ、堕ちた女体を象徴しているように思われてなりません。
吉屋信子さんご自身もお気に入りだったというこの作品、ものすごくいいです。

で、もう一作が表題作「鬼火」
ぞぞぞぞぞぞぞっとしないはず。
ガス集金人が気の迷いで、料金滞納婦人に掛けた一言で招く恐怖。
怪談とも呼べるし、悲しすぎる話ともいえるし。
ガスコンロを捻った瞬間、ここ何年かは炎に欲情する少年を描いた草間さかえさんの↓のことを思い出してはその青い炎に陶酔していたのですが、これからしばらくは、「鬼火」の冷たい業火で震えあがりそうです。

災厄のてびき 災厄のてびき
草間 さかえ (2006/11)
東京漫画社
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ちょっと長すぎて息切れしてきたので、最後のぞっとしない(これはまさに「ぞっと」しない)に属する奇妙なお話オンバレードの怪談集。
いまはなき福武文庫は、翻訳物好きには堪らなく蒐集欲をそそられるラインナップですが、こちらも一気読みでした。
「スティーブンソン怪奇短編集」河田 智雄訳 (福武書店・1988)

スティーブンソンは、怖いというより、奇想天外です。
展開がもの凄くおかしい。特に「声の島」。
魔法使い側から見ればその島は、貝殻を銀貨に帰ることのできる魔法の草が生える島。
島民から見ればその島は、聞いたこともない言語の話し声がそこら中であがり(魔法使いは次元をワープして透明人間状態で作業を行っているから)、火柱が急に立ち上がる呪われた島。
その二つの視点自体おかしみがあるのですが、見えざる魔法使いと島民の死闘(当然、魔法使いの勝ち!)に空中分解されていく死体の山(北斗の拳状態で)。
主人公の義父は魔法使いで、海に入れば、アメーバみたいに体がぐねぐねになって、40倍にも強大化してゆくとか。
そんなのありかよ、頭の中で映像を起こしている間に、次の異常展開に追いつかないっていう感じで。
とはいえ、何より魅せるストーリーテリングが卓抜しているので、どの短編も飽きることがありません。
最後に載っている「マーカイム」なんか、いくつもの時計が刻む音に息詰まる殺人劇から、ふっと心が解放されるドッペルゲンガーなお話です。
ドッペル君、めちゃくちゃ諧謔的な物言いで主人公を悩ませるんですが、もしこいつが「良心」という名の存在だとしたら、その意地の悪い手腕に諸手をあげて降参といいたくなります。
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