2017-09

水耕植物

彼は布団を前にしてたじろいでいる。
そこは暖かで安堵があると知っているというのに。
戦きながら、体を横たえる。

彼は天井に一つ灯る濃い肌色の電球を見つめる。
瞼を閉じても、星のように残る光を捉えて眠りの下り坂に乗る。

仰向きの体は寝がえりを打つこともあるだろう。
胎児のように自身を球体に近づけんとすることもあるだろう。
ただ時が満ちると、彼は再び仰向けへと戻る。

すると、彼の身体は布団をまっすぐと
その躯体のかたちそのままに沈みこんでゆく。
氷の上に置かれた硬貨は、円柱の空隙をひろげ沈下する。
まさしくそれと同じに、彼は深くZ軸をマイナスに穿って沈む。

その折、
彼から滲みだした汗や涙や名もなき水があたりに沁み出し
布団はスポンジのように膨らんでいるだろう。

朝が来る。
彼は目覚めるその一瞬前に、感じる。
自分が深く深く
布団の厚みを遥かに突き抜けるほど、深みにいることを。
そして同時に。

透明の幽体が、何のためらいもなく
彼から抜けだし立ち上がるのを感じる。
無意識のそれは、無配慮のそれは、
さっさと着替えを済まし、
朝食を済まし、
コートをひっかけ、
鞄を掴んで外に出て行こうとしている。

幽体の素早さに気押された彼は、
もう一度最初からと念じて、僅かに身体を身じろがせる。
けれども、まだ、地平線すら高い所にあってどうしようもない。

また一匹。
さらにまた一匹。
次々に幽体は殻を抜け出して、
ある者は道を悠然と進み、
ある者はもっと遠くに辿り着き、
なすべき何かを始めているではないか。

彼は何十体、その朝見送ったろう。
透明の勇ましい、同じ形の奴らを。

ようやく本物の彼の肉体の顫動も大きくなり。
どうか、どうか、僕をと叫んで上半身を布団の上に建てる。

その時、彼は聞き、彼は背中に感じるのだ。
わずか一晩で、張り巡らされた細い根が
ぷちぷちぷちぷちと音を立て
ぬるぼったい湿りを孕んだスポンジから
引きちぎれれるのを知る。
青ざめるほど白い根は、瞬時により萎縮して
排日性もあらわに、腐り融けてゆく。

彼はまた、
その日も水耕された、
無用に成長の早い、
一介の植物となっていたことを記憶にとどめる。

そして、
再び、
夜は彼の怯えのみを糧に、
根を張る準備を整えている。
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プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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