2017-07

四角

己を無知だと認識すると、一生苦悩し続けることになる。
けれど如何に苦しんでも、如何に自堕落になっていても
結果が伴わなければ個人の苦悩など塵にも劣るのだ。

そんなことを毎日考えて、脳が白くなる。
なので逃避行ばかりする。
映画を観てるとふわっとする。
ガラガラの映画館の中にいると、特にふわっとする。
名画座の映画がみんないいわけでもないけど、やっぱり昔の映画の方が好きだなあと思う。

だから土曜日は三本も名画座で観てしまった。

基本的に版権の切れた本しか読まないのは
もう全てが書きつくされているからと感じるからで
濾過されて輸入された近作の海外文学ですら、上手だとは思っても
傲慢にも、ああ、お勉強の結果だなと思うので、
(例えば、カルロス・ルイス・サフォンとかカズオ・イシグロとか)
日本の濾過すら受けていないものは、一年に一つくらい手にとって
ああ、お勉強すらできてないじゃないかと思うので。
それと同じように新しい映画っていうのは、とても受け入れ難く感じるのです。

手帳に残った2011年の記録。
全然数は観ていないのだけど、去年の映画館に行った記録。

「四畳半物語娼婦しの」成澤昌茂監督 1966
「眠れる美女」吉村公三郎監督 1968
「真夏の夜の夢」イジー・トルンカ監督 1959 チェコアニメ
「おじいさんの物々交換」イジー・トルンカ監督 1953 チェコアニメ
「クテャーセクとクティルカ」イジー・トルンカ監督 1954 チェコアニメ
「悪魔の水車小屋」イジー・トルンカ監督 1949 チェコアニメ
「二つの霜」イジー・トルンカ監督 1954 チェコアニメ
「電子頭脳おばあさん」イジー・トルンカ監督 1962 チェコアニメ
「天使ガブリエルと鵞鳥夫人」イジー・トルンカ監督 1964 チェコアニメ
「八時間の恐怖」鈴木清太郎(清順)監督 1957
「英国王のスピーチ」トム・フーバー監督 2010 英
「悪魔からの勲章」村山三男監督 1967
「わたしを離さないで」マーク・ロマネク監督 2010 英米
「裏階段」井上梅次監督 1965
「炎上」市川崑監督 1958
「肉体の学校」木下亮監督 1965
「黒蜥蜴」井上梅次監督 1962
「悪魔の手毬唄」渡辺邦男監督 1961
「獄門島」松田定次監督 1949
「ブラック・スワン」ダーレン・アロノフスキー監督 2010 米
「死刑執行人もまた死す」フリッツ・ラング監督 1943 米
「海の牙」ルネ・クレマン監督 1947 仏
「禁じられた遊び」ルネ・クレマン監督 1952 仏
「外套と短剣」 フリッツ・ラング監督 1946 米
「ナチのスパイめ!」ジュールス・ホワイト監督 1940
「鉄路の白薔薇」アベル・ガンス監督 1923 仏
「らぶれたあ」鈴木清順監督 1959
「花と怒涛」 鈴木清順監督 1964

一番面白かったのは、「死刑執行人もまた死す」だったな。
初めての弁士付生演奏付「鉄路の白薔薇」も幸福な時間だったな。

新作映画は、さっきも言ったように、新作小説と同じに上手上手で
人の心の琴線を技巧をもって鳴らそうとするので、
もし涙が浮かんだとしても
それは乾いた玉葱の茶色い外の皮をむいた事にしかならない。
それでも、小説の数倍「わたしを離さないで」は素晴らしかったと思う。

で懲りずに。
今年も月に数本ちょこちょこっと、浮かんでこようと思う。

ソクーロフの「太陽」を先週見た。
イッセー尾形の昭和天皇コントというコメントもあったけど
桃井かおり(皇后役)はどこでも桃井かおりというコメントもみたけど
役者の本領におんぶにだっこでも決して悪くはないだろう。

僕は、これを狂気を封じ込める最大の人の技とは何かと
考えながら観ておりました。
運命を受諾しながら、人は風が消えていく道をつくるためには
独自の風穴を穿つようにしなければ生きられないというこを。
もぐもぐと動かし言葉を飲み込み飲み込み
敢えて相手の問いに対してすでにある答えを放棄する。

幾度も繰り返された「あっ、そ」という返答。
特にクライマックスにおいて、
人間宣言を記録した青年の自決を留めたんだろうねという問いに対して、
侍従長が留めませんでしたと返した時に、何の変化もなく「あっ、そ」と返されると
足元に開いた非情な空洞を、瞬間ぽーんと跨ぐがごとく
意識に風穴を開いて意識を飛ばされたようにも感じるのであります。

そしてこの映画がロシア人によって造られた意味をも
僕は恐ろしく深い陥穽として認めるのでありました。

もう一本。

白昼の通り魔 [DVD]白昼の通り魔 [DVD]
(2006/04/27)
川口小枝、小山明子 他

商品詳細を見る


大島渚監督の奥さま、小山明子映画祭。
こんなすごい映画なのに、シネパトスはがらがら。
「白昼の通り魔」1966 は武田泰淳原作、大島渚監督。

小山明子の「愛は無償のものです」と講義する中学教師像と、その偽善と、
教え子(佐藤慶・通り魔)にどうしようもなく惹かれて壊れる様がもちろん凄まじいけれど。
僕は、「白日夢」で看護婦さん役でも出ていた
武智鉄二監督の娘・川口小枝ちゃんの演技の凄まじさに、すっかり参りました。
人の話を、恋愛を素直に受け止め、それと同等に農作業に重心を置き、
自分に降りかかる死と野蛮性をも飲み込み、そして降りかかった意味を、答を探しあぐねる。
一緒に無理心中した相手(戸浦六宏)が木にぶらぶらと縊死して揺れている横で
生き残って失神している間に、凌辱される絵の凄まじさったら、もう。
そしてラストの「また死ねなかったんだな」といいながら、死体を背負って山道を下る姿。
四人のなす、四角関係の現世欲がぐるぐるにとぐろ巻いて、
四人の一歩も譲らない演技と、ぎらぎら光る眼と汗のカットと。
挙げればきりのない、完璧なエロスタナトスの凝縮体の美しさと。

どうしてもっと、こういう映画、みんな観ないのかなあって。
自分の触れるものが、今目の前にある流行が、
決して新機軸でもなく、新発見でもなく
本当はもう遠い昔、遠くない昔に、
何度も何度も描かれたものの繰り返しに過ぎないと
(勿論すべてとは言わないが)
ちゃんと認識しているべきだろうと、僕は思うのだ。

たしかに、全てキンピカ、生まれたてのものと思ってお気楽に表層を撫でるのは
とっても、とっても楽なことだけど。
僕は、苦しくても、楽しいだけの話はできないのだよ。
スポンサーサイト

5/13放鳥式 «  | BLOG TOP |  » ばかり

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ