2017-10

不適合者の生きる道

社会不適合者の穴 (1) (F×COMICS)社会不適合者の穴 (1) (F×COMICS)
(2001/09)
田村 マリオ

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大好きな漫画の一つ。
最近お見かけしなくなってしまったと残念に思っていましたが、
HPをみると地底から徐々に復活されたと書かれていて嬉しいです。

先日、千代田図書館で行われた古書目録座談会に行きました。
最前列でがぶりよって観ていました。
座談会は当然ながらとても面白かったし、
参加者全員にあの贅沢なFC目録「妖怪カタログ」@大屋書房さんが
配られてしまうという特典までありまして。
ホックホクで帰宅したのでした。

その折、N堂さんが仕事復帰しても必ず衝突が生じて、古本屋か骨董店しか道はないと思った
というお話をされていたのですが。
お父上の「お前は素面でヒトを騙せるのか、それが無理なら骨董店はダメ」
とのお言葉に爆笑したのはさておき。
同時に「社会不適合者の生きる道」という語彙が頭をよぎったのであります。

さて、『自称』社会不適合者とは、本当に不適合者なんでしょうか。
はたまた、『自称』社会不適合者は、本当に適合することを望んでいないのでしょうか。
それは恐らく、ノンであります。
ただし、ここでいう「社会」が真実適合すべきものなのか?
という問題を解決してからでなくては話は進みません。

他力本願もとい、俺は悪くない、お前たちがみんな悪いんだ!
とまでは言ってはならないでしょうし。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの言葉を待つまでもなく、
いじけている僕たちは、果たしてどれだけの人間と今まで向き合ったんだ
という話にもなりましょう。

でも、生きにくいのは本当で、呼吸するのも困難で、
努力したけど、まるっきし考えていることが分かんないんだよね。
向こうの常識や嗜好が、唖然とするほどお門違いで平板なんだよね。

いや、かといって一億総オタクにでもなったら。
誰も彼もが仕事しないで趣味だけに生きると言い始めたら。
世界経済は破綻するに決まっているのであります。
のらりくらりと内省に沈み、小さなコミュニティで楽しんでいられるのは
日本が大きく歪んでいても、「平和」だから、
ちゃんとお仕事して回転させている人がいるからなのでもあります。

ということで、「社会」が僕たちにそっぽを向いていても
生きづらくても、とりあえずオタク道の上で遊べることだけは
喜んでいいんじゃないのかなあと思ったりもしている日々です。

前回の辻邦生「トーマス・マン」におけるこの辺りにまつわる独仏比較が面白かったので。
ちょいと人心地つけたので、引用しておきます。

トーマス・マンは、フランスではエコール・ノルマン・シュペリエールの首席がそのまま小説家になれる社会があるのに、ドイツでは詩作品を作るのは魔神の業で、そうしたことを志す人間は学校生活には適合せず、劣等性であるという意味のことを『パリ訪問記』に書いているが、フランスとドイツの文化背景の相違は、こうした指摘のなかにもはっきり現れている。前章で一瞥したように、フランスにおいては美の制作は社会の一機能として公然と認められたものであり、社会的存在としての人間が、社会的能力の一つとして美の制作に向かうのである。秀才校エコール・ノルマン・シュペリエールの首席とは、マンの表現を借りれば「学習の天才」であるわけだが、そういう人物まで、その学習という社会的能力の積み重ねのうえに、連続したものとして、文学作品の創造が可能になる。「ドイツにおいてはそんなことはありえない」とマンは言う。ドイツにおいては詩人・小説家であることは、もともと社会とは無縁なことなのだ。学校での学習の延長上には、さまざまな社会活動は約束されていようが、芸術、文学の創造だけはその延長上にないのだ。美の創造はドイツでは社会とは直接つながっていない。それはむしろ暗鬱な魔神たちに通じている道なのだ。

165-166p

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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

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