2017-04

いま生きている言葉?

亀山訳は誤訳だとか、色々あるみたいなので、検証サイトとか覗いてみたけど。
光文社に断裁迫ったとか、一方の訳者側も20刷り付近から少しずつ改稿されてるとか。
何しろ露語が全然わからないし、他訳も読んでいないので何も云えないけど。
ひとつか、ふたつ、思うところを。

読書離れ凄まじい中、あの古典新訳文庫が果たした役割の大きさを一方に見て。
もうひとつ、掲げられた「いま生きている言葉で」というスローガンを鑑みる。

この「生きている言葉」ってなんなのかな。
罪と罰ではさほど気にならなかったけど、カラマーゾフは実際かなり僕は躓いたのだ。
これ、日本語としてどうなの?
語彙は日本語だけど、なんのこと言ってるのか文意がとれない?
ってことが、それなりにあった。

漢字を開きすぎて読みにくい、っていうは当然だけど。
もし、「生きている」=「使われる頻度が多い」と考えるならおかしくないかな。

虫ちゃんの文章を入力していると、こんな熟語あるのかなあっていうことが時々ある。
あの、虫語録じゃなく、普通の単語だけど。
でも、音で考え考え入力すると、IMEの候補に挙がってきたりする。
今まで、知らなかった言葉をたくさん知ったりする。

谷崎の「人魚の嘆き」とか塚本の「火宅玲瓏」とか、今でも読書用単語帳が残ってますもん。
(ヘボイ自分に泪しつつ辞書を引きまくった)
そんぐらい、僕達お馬鹿チャンになってる、
そんぐらい、語彙の減り方が異常事態になってる時代でしょ。
語彙が減れば、一つの単語に概念を約めることもできなくなるし、
他者に伝達するための情報の確実性を欠くことにもなるわけですよねえ。

亀山訳=意訳の宝庫、云々というのは、それはそれでいいの。
自分の思想を、ドストエフスキ論を正当化するために、ベクトルを自分の持って行きたい方向に向けた
とかいうのも、まだ許容範囲なの。

でも、僕にとって、しんどいのは。
貧相な語彙選択(誰もが辞書も引かずに判る語彙ばかりで構成すること)が、
果たして、本当に判りやすいことなのか、考えてほしいな、ということでした。

***

ずっと文句言っているように見えるかもしれないけど。
楽しかったから、文句を言うの法則です。
詰まんない本は、何も言うことなんてないですもんね。
スポンサーサイト

すまふぉでびゅー «  | BLOG TOP |  » キミトド病

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ