2017-11

削り落とす

カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 (5) (光文社古典新訳文庫)
(2007/07/12)
ドストエフスキー

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一ヶ月かかって、カラマーゾフ読了。

いつも書いているけど、僕は孤独と絶望をさがして本を読んでいる。
そして、この語が示唆する概念は、人によって著しく異なる。
端的にいえば、カラマーゾフは、全く僕の求めるそれではなかった。
苦しい第二部を含め、興味は尽きない話だと思う。
ある人にとっては、命を削るに相応しい小説だという意味もわかる。

けれども、僕にはこの話は、絶叫の文学、あるいはサディズム文学の極致であった。
アリョーシャを除く(いや、ついにはアリョーシャさえも)
全ての登場人物が、狂騒の極みで、天と地を行き来し、自己主張を行う。
吼えて吼えて吼えまくり、血管をぶちきり、憤死寸前まで叫ぶ。

ひとつには、彼らがみな、エゴイストだからだ。
愛も金も神さえも、全てがほしい。
そして、同時に一度手にしたならば、
愛からも金からも神からも完膚なきまでに、見放されたい。
地の底まで打ち捨てられ、叩き潰されたい。

その異様なまでの二律背反は、「カラマーゾフ」の血の中に脈々と流れる。
彼らの血は、一族に直接的に間接的に関わった他家の者にまで、力を及ぼす。

ふつう人生では、ふたつの両極端の中間に真実を求めるのが常とされています。しかし、今回はそうはいきません。なによりもたしかなのは、最初のケースでの彼はほんとうに高潔であり、第二のケースでの彼はほんとうに卑しいのです。なぜでしょう。それはほかでもありません。彼は、振幅の広い、カラマーゾフ的な気質の持ち主だからです。
わたしは、まさにこのことが言いたかったのです。つまり彼のような人間は、あらゆる両極端をいっしょくたにできるし、ふたつの深みを同時に眺めることができるのです。それはすなわち、頭上にたかだかとひろがる理想の深みであり、眼下に大きく口を開けた、悪臭ふんぷんたる底なしの深みです。
ここで思い起こしていただきたいのは、ラキーチン氏が述べられた卓抜な意見です。彼はカラマーゾフ一家を、深くまぢかに見てこられた若い観察者ですが、『あのようなけじめのない奔放な気質にとっては、卑しい堕落の感覚が、気高い高潔さの感覚と同じくらいに必要不可欠なもの』と述べられておられます。これは真実です。まさにそうした気質にとっては、この不自然なまぜこぜが、いつもたえず必要とされるのです。ふたつの深み、ふたつの底なしですよ、みなさん。まったく同時に、なのです。それがなければ彼は不幸であり、不満であり、その存在は不十分なものとなるのです。彼は極端です。母なるロシアの大地のように広大です。彼はすべてを呑みこみ、そのすべてと折り合いをつけてけるのです!

光文社古典新訳文庫 『カラマーゾフの兄弟4』 527p


この第四部の裁判シーンは、ついに検事と弁護士さえもカラマーゾフの血に興奮し、
絶叫の快感に酔い痴れるのだが。
一方で、ここまでの物語を全く異なる見方で二方向から読み解くという、
ペリー・メイスンも卒倒ばりの、巧妙すぎる仕掛けがなされていて、
読んでいるものも、呼吸を荒くしていく場面だと思う。

この天地二分された、コインの裏表の二面性というのは、カラマーゾフだけのものかといえば、
決してそうでないだろう。
高く高くと望み、一方で汚泥の中へ叩きつけられたいと望む嗜好は
僕の中にも脈々と流れてきたものだ。
そして、多くの人の中にも振幅の大きさこそ大小あれ、抱いてきたものじゃないかと思う。

ドストエフスキーは、賭博におぼれ、海外に逃亡し、
それでも借金を重ねて、賭博の深みから逃れることができなかったという。
恐ろしい深み、足元で今にも崩れて吸い込まれそうな深い陥穽への甘い誘惑。

誰もが抱く、或る種の(まさしく或る種の、非常に分かりやすい)絶望への誘惑とは
自決もできぬくせに、死にたいと叫びつづける、弱い弱い人間のサディズムに他ならない。
きっとこの小説が、僕の求めるものではないと言いたがっているのは、
既視のことだからだ。
もっと端的にいえば、同族嫌悪に近いものだろうと思う。

アリョーシャと一時期婚約関係にあった、「足の悪い」少女リーザ。
彼女のその直裁な欲望を聞けば、ああと、僕たちは嘆息せざるをえなくなるのだ。
既に「足が悪い」という徴をもらっているというのに。

「わたし、希望をひとつあなたにお伝えしたかったの。だれかにいじめてもらいたいのよ、わたしと結婚して、それからわたしをいじめて、だまして、出て行って、そのままどこかに消えてもらえたらって。わたし、幸せになりたくないの!」
『カラマーゾフの兄弟4』 210p

いっぽうリーザは、アリョーシャが帰ると、すぐに、錠をはずし、ドアを少しだけ開いて、その隙間に指をはさみ、ドアをばんと閉めて、思い切り指をつぶした。十秒ほどして指を引きぬくと、彼女はしずかに、ゆっくりといつもの車椅子にもどり、背筋をぐいと伸ばしたまま、腰をおろし、黒ずんだ指と、爪の下からじわじわとにじみ出てくる血にじっと目を凝らしだした。唇が震えていた。彼女は早口に、すばやくつぶやいた。
「ああ、わたしって、なんていやらしい、いやらしい、いやらしい!」
212p


ほんとうに、なんて俗にまみれて、いやらしい。
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