2017-07

心理を舐る

「ねぶる」という言葉が嫌いだ。
熟れ過ぎた苺が崩れ始めたその色もて、ねばり付く唾液を引きながら、舌がうごめく。
「舐める」でもなく、「しゃぶる」でもなく。
湿度の高いその言葉は、使う人の下卑た醜悪さを表してもいるように感じる。

罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
(2008/10/09)
フョードル・ミハイロヴィチ ドストエフスキー

商品詳細を見る


「罪と罰」はまさしく、心理をねぶるに等しい筆致で、吾々を不快の極みにつれてゆく。
ヘドロ化した藻が首に巻きつき、追い詰められて、同時に興奮をするという。
そう、奈落に落ちながら、期待に胸をふくらませるのではない、興奮。
昏い昏い、一人きりの喜びをみつけたみたいに。
目のまえで、皮が剝がされ、腐肉をかきまわし、骨を引き出して、固まりかかった髄を膿盆の上にこぼす。
衝撃と嘔吐感で、僕は、鬱の極みにありながら、躁の極みのようにはしゃぐ心の切れ端を感じる。

不思議だ。
こんな小説に出会ったのは、初めて。

たしか、僕は、絶望を探して旅をしていたのだ。
五年前はラテンアメリカを旅し、近年はフランスやイギリスを逍遥していただろうか。
日本を離れて幾年月、蜻蛉かえりはあっても、もう地に足をつけることはないだろう。

埴谷雄高が、ドストエフスキーの影響を受けているというには、誰しも知るところで
ながらく、知識としては抱えていたけれど、実感をしたのは今日が初めてだ。
読んでいなかったのだから、こんなに歴然とした事柄も、分るはずがなかった。
歴然、歴然。怖ろしいまでに。
特に第三部後半から第四部にかけて。

命題、それも答えのない、極めて簡素で極めて難解な命題を提示すること。
命題をとくために、状況を設定すること。
命題の答えを導くために、最大限の振幅をもった人物をうみだすこと。
語らせること。
議論させること。
互いに混乱をうみ、たがいを幻滅させること。
答えを導くために、誘惑を与えること。
夢、幽霊、幻。
影をあえて闇の中におき、黒に黒を重ねて、映えうるものによって恐怖を生み出すこと。

「死霊」は最終的に、命題のなかの小命題を生み出そうとして袋小路に入り込んだ。
「闇の中の黒い馬」は、幽霊を召還し、美しい命題の追及の果て、闇に舞い戻った。

どんなに近似していることか。
まるで、僕には「罪と罰」の鮮明なスチール写真、あるいは描かれたデッサンを、
一生かかって埴谷が細い細い硬筆で、その輪郭をルドンの黒みたいになぞってなぞってなぞり尽くして。
エッチングの黒インキも入り込めないほどの線でなぞり潰して。
残ったのが、あの「死霊」の暗渠を歩く、判別できないのに完全には暮れきらない景色のように思えてならない。
「死霊」がずっと静的だと感じるのは、格段に照明が落とされているからだ。

物語を読んでいる瞬間、僕たちは新たな物語の気配を感じる。
囲まれた空間の匂い。
捕まえなければ、すぐに気化する、あの気配。
同じものなど書きたいわけではなく、その気配だけを瞬間吸い込んで、全く別の世界を。
この物語は、僕が求めた孤独の幻想など、完膚なきまでに叩き壊すのに。
何度も、「幽霊」を見させる。

亀山少年は、ラスコーリニコフが、ついに斧を振り下ろした瞬間、憑かれたと語っていたな。
翌朝登校しても、自分が殺人を犯したのだと、完全に思い込んで震えていたと語っていたな。

第二部に斧が降りるまで、僕も殺人に至る興奮を味わったよ。
偶然という呪い、聞きかじった後押しで、
斧を外套の内側に作った紐にぶら下げて、ポケットでぶらぶらしないようにして、運んだよ。
血まみれの手で、質草を漁ったよ。
悪夢を何度も重ねて、爆発的に興奮しながら彷徨し、計算高く自己防衛に走ったよ。
自分でも抑えがきかいないくらいに、雄弁に「選ばれた者」について語ったよ。
隠匿工作に走り回りながらも、ああ、全部ぶちまけてやれ、こいつらみんなに俺がやったって教えてやれって思ってたよ。

謎を解くために差し出された、探偵小説が一挙に色あせる瞬間。
興奮と、破壊への疾駆は続く。
さあ、第五部へ進もう。


「じゃ、ごくふつうにはどう言いますかね?」スヴィリガイロフは横を見つめ、少し首をかしげながら、ひとりごとのようにつぶやいた。「ふつうはこう言いますよ。『あんたは病気だ、だからあんたに見えるのはたんに実在しない幻覚にすぎない』とね。でもそこに厳密なロジックはないんですな。わたしも同意しますよ、幽霊が病人の前にしか現れないってことは。でも、そのことで証明されるのは、たんに幽霊が病人の前にしか現れないということでもあって、幽霊が、幽霊それ自体が存在しないということにはならないんですな」
「むろん、存在なんてしてませんよ!」いらだたしげに、ラスコーニリニコフは食いさがった。
「存在していない?あなたはそうお考えになる?」スヴィドリガイロフは、相手の顔をゆっくり見あげて話をつづけた。「それじゃ、こう考えてみたらいかがです(ここはお知恵を貸してくださいよ)。『幽霊というのは、いわばほかの世界の切れっぱしであり、断片であり、それらの始まりである。健康人には、むろん、そんなもの見えるわけもない。なにしろ健康人というのは、もっとも地上的な人間だから、もっぱらこの地上での生活を生きなくちゃならない、その充実のため、秩序のためにです。ところがちょっとでも病気になり、オルガニズムのなかの正常な地上的な秩序がちょっとでも壊れると、たちまちほかの世界の可能性が出現しはじめる。病気がひどくなればなるほど、ほかの世界との接触は大きくなる。だから、人間は、完全に死んでしまうと、そっくりそのままほかの世界に移っていく』。これは、わたしが昔からあたためてきた考えでしてね。もしも来世を信じるなら、こういう考えだって信じられるわけです」
「来世なんてぼくは信じちゃいません」ラスコーリニコフは答えた。
スヴィドリガイロフは、すわったまま考え込んだ。
「でも、もし来世にあるのが蜘蛛の巣だけとか、何かそんな類のものだけだとしたら、どうです?」彼はふと口にした。                                          
《こいつめ、くるってやがる》ラスコーリニコフはそう思った。
「われわれはこれまで、永遠というものを、理解できない観念として、何か巨大なもの、大きなものとして想像しているでしょう! しかしなぜ、ぜったいに大きなものでなくちゃならないんですか? ひとつ、そんなものんじゃなくて、そこにちっぽけな部屋を想像してみたらどうです。田舎風の煤けた風呂場みたいなところで、隅から隅まで蜘蛛の巣が張っている。で、これこそが永遠っていうふうにね。わたしはですよ、そんなふうな光景が、ときどき目に浮かぶんです」

光文社古典新訳文庫 「罪と罰2」 232-234p 

                    
スポンサーサイト

倉庫 «  | BLOG TOP |  » 映画メモ 5月編

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ