2017-11

もしもの日

吉野朔美さんの「ぼくだけが知っている」という長編のなかで、
主人公の夏目らいち君は、月に一度「もしもの日」という日をお母さんから貰っていた。
その日は、学校をお母さんの口添えで休ませてもらって
なんでも好きなことをしていい日でした。

世の中に。
あんな風に子供を大人と同等、「もしも」が必要だと、
「もしも」が薬なのだと対等に考えてくれる親など、本当はいないのですが。

僕は、ずっと「もしも」ばかりです。
今日も五月は連休も多くて、今週の金曜日も健康診断にかこつけて休むので
本当は勿体ない勿体ないなのですが、
不眠の祟りとウツ神さまが、心臓を真っ黒に塗りつぶすので、
「もしもの日」を使いました。

みんな、こんな風に「もしも」使ってるのかな。
使いすぎて「もしも」がなくなって、そうしたら、どうしたらいいのかな。
らいち君は、噂の出所を探しに探検に行ったり、結構有意義に使っていたけど。
ぼくの「もしも」は受動態だから、せいぜい眠るか、眠れなくて天井みてるか、そんな風。

***

たばこが切れて。
買いに行くために立ち上がることもできず。
シケモクを家に中で拾っていました。

そういえば、このあいだ。
掃除機をかけていたら、長い間座っていない僕の椅子の足元に、新品の煙草が一本落ちていました。
もうけた、もうけたと喜んで、吸ってびっくり。
多分落としたの、半年以上前でしょうか。
味が全く変わっていました。
メンソールはスカスカになくなり、煙草の味自体も薄れて、何より葉の燃え方が全く違ったのです。
そうか、煙草ってどんどん空気に触れていると、風味がなくなって乾いていくんだ。

もし、封を切らずに何年も置いておいたら、
時間差はあっても、駄目になってしまうのだろうかと思いました。
世の中あらゆるものに、賞味/消費期限が書いてあるのに、煙草には一切書かれていません。
そもそも製造年月日も入っていません。

またJTが沢山の銘柄を廃番に追いやりました。
勝手に買収しておいて、勝手に切り捨てました。
匂いも味もみんなみんな、違うのにね。

きっと十年以上前に廃番になり、あそこの棚に大事に封を切らずに残された
フランスからJTが買い取って捨てたあの煙草も、
もうカサカサに干からびた20本になっていることでしょう。
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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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