2017-11

レモン匂えり

この間、カズオイシグロの特集がNHKでありました。
トモサカリエとか、いろんな日本人が出てきて、滅多にメディアにでないというイシグロ氏が、
自作や自分の背景を語っていたりしました。
多くの人は、「わたしを離さないで」を絶賛していました。
そして、何人かのひとは、こう言いました。
「この本は、私のベスト3に必ず入る」と。

そこで僕は、ベスト3でもベスト10でもいいのですが、
生涯に渡って読んできた本に、一瞬、順列を与えようとしました。
そして、ぞっとぞっと寒気に震えました。

これは、考えてはいけないことです。
本が少し好きだといっても、決して考えてはいけないことです。
ちっぽけな僕には、いまだ読んでいない読むことのできそうにない本が山のようにあり
あるいは、その時々の捉える心の不安定さも同時に吸着するならば、
そこには順列など、ありえはしないからです。

素氏は、★をつけることほどナンセンスなことはないと言いました。
僕がゴミと呼ぼうが、神と呼ぼうが、そんなことはどうでもいいのです。
その昔、幻想文学のブックガイドやら、諸々のオススメ本など手にしたことも
もう今となっては、どうでもいいのです。
誰かに何も薦めたくはありません。

人と人が出会うことを忌避し、
むしろ本と本とが、本と人とが結ばれることのみで呼吸をする僕には
本と本、本と人との偶然、あまた無限の連環と可能性を信じているだけです。

あの頃好きだった本。
あの日に指先を切った本。
今の自分の、ほんの一部の血肉となっている本。
ただそれだけです。
だから、あんな言葉は、傲慢で、厚顔だと、その瞬間思えたのです。

では、本を介して、人とつながろうという気持ちはどうなるのでしょうか。
わからないです。
本当に、僕には、貝殻みたいに分からないです。
ほんの時々、この場で感想めいたことを書きますが、
本当に、何を欲しているのか、分からないのです。
ため息のようなもの。
です、きっと。
ぷくぷくぷくぷく、すぐに消えてしまうのですから。


***

現代短歌の鑑賞101 (Literature handbook)現代短歌の鑑賞101 (Literature handbook)
(1999/04)
小高 賢

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その頃。
最初に誰に触れたのであったか思い出せないのでけれど。
現代短歌を網羅的に眺めてみたいと、このガイドを手にした。
前登志夫、高安国世、浜田到、安永蕗子といった歌人もこの本で出会ったけれど。
生々しく僕の手をひく人がいた。

催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり

無援の抒情 (岩波現代文庫)無援の抒情 (岩波現代文庫)
(2000/07/14)
道浦 母都子

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今、改めて「無援の抒情」をすべて通して読んでみる。

調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる

人知りてなお深まりし寂しさにわが鋭角の乳房を抱きぬ

くちびるをかめばほのかに滲む血を錆びし涙のごとく思いぬ


この人の半生を眺めてみる。
デモに突入したあの時代と、その後の時代と。
そして、こんな一文にぶつかる。
引用してしまえばむしろ陳腐に響くかもしれない。
けれど、眠れぬ夜、しんしんと傍にある。

もう十年余りも前のこと。その日も風の強い、凍み通るような寒い日であった。
生きているという実感がまるで無かった。相生橋の上からは否が応でも、くずおれるように佇む原爆ドームが見え、私にはその光景が眩しすぎた。
生きたいと願っていないのに生きている私。当時の私は、生きているという確たるものが何ひとつ掴めないままでいた。
けれど、この肉体。私を支えている私の体は、どこかでもっと、もっと生きたいと願っている。心はもうとっくに壊死したような私なのに、体だけはそんな心を越えて切実に、けん命に生きたがっている。ならば、ひとまず、生きたがっているこの私の体に従って、もう少し生きてみることにしよう。そうこうしているうちに、いつか、生きようという意志が体を越えて動いていくかもしれない。 206p

どうしようもなく一人が好きで、一人の時間の中にこそ、全き自由でいられる私なのに、また、どうしようもなく人恋しい私でもあるから。 208p


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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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