2017-06

魔の山と黒死館

閑散期なのでハイエナのように空きチップ箱を探す日々。
チップとは、マイクロピペットにつけるカラフルな使い捨てプラスチック製の先端部のこと。
単純仕事が好きなので、ピンセットで穴にチップを並べるようなチマチマしたことがお気に入りなのだ。

そんな僕にImage Jという画像解析ソフトを投げてきた
(まあ、使い方勉強して、やり方教えてという)乙女ちゃんが、
発掘したという男脳女脳診断本をついでに投げてきて、やれという。
錯視や習慣を読み取る心理試験のようなものであったが、その結果に愕然とされる。
まあ、恐らく男脳になるとは予測されたが、異常に男寄りであったらしい。

いいわさ、僕、自称オッサンですから。
電車の中で、眼にして楽しいのは、可愛い女の子だけですから。
解析ソフト弄るのだって、面倒なマニュアルみるのだって、楽しいもん。
久々に積分で遊びました。

***

さて、昨日ちらりと書いた「魔の山」と「黒死館」問題。
ここに浮上してきた共通項をちゃんと整理したいのだけど、できるかな。

確かに「魔の山」は1924年、「黒死館」は1934年に書かれたものであり、
虫ちゃんに何らかの影響を及ぼしたのではないかと、無理に考えることもできるが。
ドイツ語ができない僕が「魔の山」の翻訳を読み進めながら感じるのは、
生半可なドイツ語力では(虫ちゃんの程度)では、
このまさしく「放縦」な観念の渦たる小説を、原著を読み解くのは無理だったろうということ。

ちなみに、僕が読んだ改訳版岩波文庫の後書きには、旧訳は昭和14-16年に出たとあり、
おそらく三笠書房版、熊岡初弥・竹田敏行訳を指しているのだろうけど、
これが本邦初訳だったのかな?

さて、こうした直接的な関係よりも、僕がいいたいのは。
「魔の山」は、もし虫太郎にトーマス・マンのような筆力やあらゆるジャンルにおける確固たる造詣があったのなら、本当はこういう形に書きたかったのであろうという、理想の結晶であるという意味での共通性なのだ。

では、共通性を眺めてみたいのだけど。
個々の項目を掘り下げるのは、相当長くなるので、両者を未読の方には申し訳ないけど。
某M先生必殺技・箇条書き攻撃で、一度お茶を濁そう。

1.閉鎖された空間・社会との断絶
優雅で贅沢な楽園でありながら、身体的精神的地形的に足抜けの難しいサナトリウム
⇔算哲とディグスビイの呪詛で囲繞され、地勢的構造的精神的に閉鎖された洋館

2.参入する雄弁すぎる登場人物
セテンブリーニ(フリーメーソン会員)&ナフタ(イエズス会系テロル至上主義者)
⇔法水&支倉&(久我慎子、田郷真斎)

3.2をぶち壊す哲学不要の登場人物
サーシャ夫人の愛人・ペーペルコルン⇔熊城

4.孤独の追求・逃避の追求

5.小説から飛躍する知識の洪水
哲学/宗教/神秘主義/毒薬/往時の最新科学/オカルティズム/音楽/医学

5に関して簡単に述べると。
虫太郎は、主に語彙のみを文献から丸写して装飾に用い、
附随するエピソードはフィクションで補っていた箇所が多分にあるが、
(よって語彙は発見できても、エピは発見しがたいため、
「ない」も「ある」も証明が困難になるんだよねー)
マンにおいては同じ語彙を用いるにしても、背景を精確に史実/事実に基いて補足し、
加えて一見浮き上がりそうな内容を咀嚼し違和感無く(まあ、ここは少し問題あるけど)
小説の中に組み込ませている。

この異様なオタクぶりは、時に数十頁に及んで、読者の顎をはずさせるのだけれど。
悲しいかな、スケールが全くちがうのだよ、虫ちゃん。

ま、もう少しちゃんと整理して書こう。
スポンサーサイト

mouth piece «  | BLOG TOP |  » 孤独の秘密

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ