2017-06

明度落下焦燥地点

白鳥はかなしからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ

孤独の裏側の孤高の精神。
矜持だけは忘れずに。
小学校で習った牧水の歌が、不意に頭をよぎった。
境界線をほんの数ミリはみ出ると、仕掛けられた探知機でびりっと電波が走る。
深呼吸だ、深呼吸。
怖くない、怖くない。
こういう自己暗示がないと仕事に行けなくなっている。

***

GWの疲れを受けて膀胱炎になっていましたが、ようやく収束したらしい。
病院に行ったとき、昨春の血液検査の結果を見せられてえらく驚く。
微熱が下がらず咳が治まらず、抗生剤を変えてようやく治った風邪。
と思ってたけど、念のためやった検査結果をいままで聴きにいってなかったら。
百日咳!
だったらしい。
マイコプラズマ肺炎陰性でよかった(マイコは培養に影響大なので)とか思ったけど、
ワクチン打ってたはずなのに、なんで百日咳?
かなり笑えました。

***

5/4、会期終了間近の川上澄生展@世田谷美術館に行きました。
今回はひとりでお出かけです。
今年のGWは都営線春のワンデーパスが大活躍。
普段は700円の一日乗車券が500円。
ちょうど定期がきれていたので、休日出勤用に一往復するだけでも、元がとれちゃったと。

朝早めに出たはずなのに、職場から用賀は結構遠く。
またも日差しギラギラ時間帯にいらか道を抜けて砧公園を目指す。
公園はレジャーシート広げた家族連れでてんこ盛り。
何回来ても、このブッシュに道を迷い、くらくらしつつ美術館に到着。

入場するも、展示を見る前に、まずはミュージアムショップに直行。
というのも、図録が既に通販不可の残部少になっていたので、心配だったのだ。
しかし、問題なくゲット。
ついでに、絵葉書やあの棟方志功をぞわぞわさせた「はつなつのかぜとなりたや」の写真複製などを購入。
絵葉書で吸い付いたのは、吹田文明さんの木版画で無機質抽象花火にいたく心震わせる。
(その後、2006年に同館で行われた展覧会図録を偶然入手し、狂喜しました!)

さあ、荷物もがっさりロッカーに突っ込んで、ゆったりと展示をみてゆく。
川上澄生の図録関係はかなり所有していて、トランプまで持っていますが、
実物は断片的にしか見たことがなかったので、今回が初めてのまとまった体験になりました。
テーマ別の流れを眺めていって感じたのは、ああ、自分が好きだったのはやはり若い頃の作品だったのだということでした。
勿論、南蛮、玩物(時計/パイプ/洋燈/地球儀)、ナンセンス詩、諧謔昔物語いずれも心惹かれてやまないのですが。
同じテーマであっても、彫り方や刷色が時代によって全然違うのですよね。

晩年の輪郭を太い描線で明らかな黒で擦って、原色にちかい色で明度高く彩色したものがある一方。
若いときほど、細かく刻みこまれている割に、刷り色は淡くて危ういパステルカラーや灰色の濃淡。
絵具も紙も戦前戦後で不足していたのだろうと勝手な思いつきを覆す、抒情。
実際にそういう状況もあったのかもしれないけれど、きっと明度から逃げざるをえない心映えがあったのだろうと思う。
特に終生面影を求めた女性と恋が実らなかった自分を、戯画化した一連の作品(風船乗り/的/仮面舞踏会)の淡い色味には、泣きたくなった。
色味だけ取ると、濁りのない爽やかなペパーミントグリーンやベージュやラベンダー、そうした優しい感触なのですが。
刷り重ねられると、切なさで締めつけられてしまう。

なんというか、若さが暴力や爆発的なエネルギー、破天荒なイメージの氾濫に結びつく表現者も多いけれど。
川上澄生の一人の英語教師として生きたつつましい節度と、常にある優しさが、若さと合わさると、もっと小さな哀しみの核を中心にした銀河みたいになったのではないかと思うのです。
浪漫にすら自制をおこなってしまう、頑なな収束。

そんなものが一番詰まっていて大好きな作品が、「飛んでいる昆虫」(1932)という不思議な風景画。
洋館の屋根と、さらに大きく描かれた羽虫。
羽根は色が抜かれて、後光の効果線のよう。
全体は夕闇か、さらに進んだ日没か、ラベンダーで包まれている。

tondeiru_kontyu.jpg

展覧会は9日で終了しましたが、10-12月に栃木県立美術館にも巡回するようです。
図録は1400円とは思えない、豪華上製本で、すばらしい出来になっています。
ゲットすることをお勧めします!

CIMG00701.jpg

あと全く期待せず入った収蔵品展「建畠覚造―アトリエの時間」がすごくよくて。
普段、空間造形って、ほとんど理解できず流してしまうのですが。
抽象彫刻のどれもが、僕の大好きな無機質なモノトーン版画に通じるところがあって。
メッセージ性がない(ほんとはあるのかもしれないけど、押し付けがましさが全くない)のに
フォルムが精確に設計されたもので、どきどきしました。
彫刻のみならず、壁に架けられた図版は、もはや工学/建築設計図のよう。
こちらは9/5まで展示が続くようです。
絵葉書で出会った吹田文明さん共々、とてもいい発見があった一日でした。

しかし行きたい展覧会やら何やらが多すぎて、困る。
素氏のシフトもだんだん週末からずれていくようなので、これからは一人のお出かけも増えるかも。
現在、行きたいところは。

星新一展@世田谷文学館
薔薇の花咲く古河庭園(ライトアップ有!)
ロシア構成主義のまなざし@東京都庭園美術館
挿絵本の世界@町田版画美術館
ユビュ展@汐留ミュージアム

***

展覧会の図録を見返していたら、
川上澄生の若い頃のことを考えていたら、
つい最近入手した「大手拓次遺稿 詩日記と手紙」が頭の中で重なりました。
これも大親友、逸見亨君の編纂です。
ライオン歯磨広告部に勤務中、同社歯科医院に勤めていた山本ちよさんに恋をする拓次。
その思いを詩日記にしたためています。

大正11年11月12日
Yさんと昼飯の時、一緒になつたが、うつむいて顔をあげずに食べてゐた。何といふいぢらしい姿だらう。好い席がないので私が立つたあとへYさんが来てすわり、私は別な席についた。雛鳩のやうないぢらしい姿だ。昨夜Yさんの夢を見た、いくどもいくども。

 わが夢をつくるもの
汝こそはわが夢をつくるもの
ひかりの蟲のごとく
羽音やさしく
さゆらぎつつも
わが胸にしみら声す


大正12年2月9日
Yさんに「青猫」と「詩と音楽」新年号をわたした。「あげます」といふをりがなかつた。

 薔薇のほとりに
かぎりあるもののはてにぞ
よろこばしさは宿るなり
かの薔薇はあをく
にほひそぞろに
うつろひの時のあればぞ
そのいとしさの優れしを
ああ おもふまじ
おもひ絶たむか
されど夜ながれくるとき
わがこころ 風にゆれつつ
汝がかたへ ふかれゆくなり
おろかしき落葉のごときわれなるを
せめて せめて
ちりゆく葉のごとく
風のまにまにあらむもの


大正12年2月20日
Yさんに本を返された。
かなしかつた。一日中さびしくつて、しようがなかつた。あとで、洗面所であつたから「お返しにならなくつてもよかつたのに」といつたら、ほほゑんでゐた。
さびしい。さびしい。

 さびしさに消ゆる日は
ああ このさびしさの
とほのくの日はいつならむ
このさびしさの
消ゆる日はいつならむ
きみが心をもとめゆく
このさびしさの果つる日は


大正12年3月15日
朝、待合室で本をよんでゐるとき、通りすがりにYさんがあいさつされた。
ひるのとき、私が待合室で本をよんでゐるときと、Yさんが、私のうしろあたりに来たので、(私はちやうど香をくすべてゐた)「にほひますか」とたづねたら「にほひます」とYさんはいつた。「何といふのですか」とYさんがきいたら「これです」とYさんに渡して、「雪の形と花の形と月の形があるのです」といつた。Yさんにすこしあげた。手がふるへた。月の形ばかりしかなかつた。



大正12年、拓次は37歳。
この後、ちよさんは、左団次門下の元女優で、婚約者が精神界の人なので女優をやめたと噂に聞き、深く傷つく。
さらに拓次は広告部の移転にともないちよさんと会う機会を絶たれてしまう。
送別会でも禄に挨拶も出来ず、後悔と悲しみに打ちひしがれる。
そして4月、久しぶりに歯科医院を訪れた。

大正12年4月13日
歯科院。
Yさんの姿が見えないので、ふしぎに思つてゆり椅子にのつてゐると、池田さんが来て「大手さん、Yさんは都合があつてやめましたの、からだがよわいし、ほかにもすこしわけがあつて。大手さんに本を拝借して……それから、清い意味で愛していただいた、呉々もよろしく」などと言つた。

 かなしみ
悲しみは絲のごとかり
ほそぼそとたよりなく
もつれし絲のごとかり

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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