2017-05

チクタク通奏底音

昨日の「村のエトランジェ」の中で。
若き小沼丹が「白い機影」という話で使っていた技巧が、瞼の裏を掠める影だった。

実際には戦時中、日増しに頻度を増していく空襲警報、実機の飛来、防空壕への避難、そして地響きと紛うすぐ脇に落ちる爆撃音は、いずれも現実であったが。
同時に語り部の僕が見上げた空にひらりと白く認める機影は、半ば幻の蝶のように自身の瞼の中にも飛んでくるようだった。
戦時下の緊迫感はおかしいほどに感じられず、病に冒された画家を振った女(求婚直前に姿を消してあっけなく人妻になった女)が、画家の元を執拗に訪れる緊迫感の方が、よほどに生々しい作品になっている。
かつて、画家は彼女の肖像画を描き上げたら、プロポーズしようとしていたのだ。
けれど、女は一度は男の元を去り、二度と触れられぬ状態になってから戻ってきて、残酷にも、自分の絵を仕上げてくれと請う。
男が病だけでなく、心も冒されて行くのは当然である。
そして、僕の目には、画家の不安の色彩の中に、白い機影が何度も重なる。

また「白孔雀のいるホテル」では。
このいかにも瀟洒な物語を期待させるタイトルに比して、実際には、「白いホテル、白孔雀がロビーを練り歩くホテル」を夢見て、ガタガタのぼろ宿を経営する男と、宿の管理を任されたにわか管理人の青年(語り部)と、たった四人(一夏に)の宿泊客の物語。
白いホテルの設計図、孔雀の優美な姿だけが、同じく幻になって、実在の荒んだ宿と異様な対照を見せながら、話は進んでいく。

そう、どちらも、粗筋の全体には一切関与しない影が、通奏底音になって流れていた。
小沼丹は、どちらでもこの影を上手に使い分けていたけど(前者では不安げに、後者ではコミカルに)、結構使いづらい代物だと思う。
こういった影は、音であるときもあるし、匂いであったり、肌触りであったりすることもある。
ただいずれも、過不足なく使わねばならない。
適時に適当量ふりかけないと、胸焼けしてしまうのだ。

いま、半分ほど読み進めてきた、S・エリクソンの「黒い時計の旅」では。
当然ながら、チクタク時計の音がする。
また同時に、時空と空間を認知しながら飛翔するために(ちなみにSFじゃないからね)、そして読者を謎の海に落とし込むために、「彼」と「彼女」といった指示代名詞が横行する。

黒い時計の旅 (白水uブックス)黒い時計の旅 (白水uブックス)
(2005/08)
スティーヴ エリクソン

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まだ読了していないから、ちゃんとは言えないけど。
現時点で、チクタクと指示代名詞の効果は最大限、魅力を発揮し続け。
僕は、諸手を挙げて叫んでいる。
「かっこよすぎでしょ、この小説。憎々しいほど、かっこいい!」

ケルアックの「路上」とか読んだことないくせに引き合いに出してしまう、ビートニク。
ええ、チクタクが文字で流れる音だとすると、文字なしでずっと低く音速のビートが刻まれている。
頭と腰にガンガンくる。
このままの状態で最終章まで突っ走れ!と頁も通常の数倍の速度で飛んでいます。

素氏に勧められつつも、長らく放置していたのには理由があって。
それは柴田元幸さん訳ということ。
実は柴田さん自身は、僕かなり好きなんですけど。
最初に手につけた、ミルハウザー、さらにポール・オースターがかなり合わなかったので。
翻訳家というのは、もちろん請負仕事もあるだろうけど、自分の好きな作家の作品を訳するというのが本当だと思うので。
その点、二者合わなかったということは、エリクソンもなにしろ南部系以外のアメリカ人だしと、逃げていました。
でも、どうやら杞憂だったようです。
ま、僕の苦手なアメリカ的ぶっ潰しだゴー、な雰囲気はありますが、暴力の好ましい面がこの本では非常に洗練されて(汚穢の美学的に)いるので、個人的には受け入れやすくなっているのでしょう。
ということで、後半も楽しみです。
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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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