2017-08

フェティシュの極北 「片腕」

川端康成 「片腕」
新潮文庫 『眠れる美女』所収


時々夢見ることはないだろうか。
アンソロ編集なんていう作業を。
先日、コルタサル短編集「悪魔の涎」を読んでいたら、ああジャズなアンソロならば、絶対にこの「追い求める男」を入れるのにとウズウズした。
ついでに言えば、ジャズな短編といえば、奥泉光の「その言葉を」は殿堂入りである。
数年前、早稲田の学祭にもぐりこんで講演を拝聴したときには、フルートの演奏をしてもらってドキドキした。
さらにスーツ姿でかしこまってあたふたする学生スタッフを尻目に、背後で流れる別のバンドの地響き合わせて、にまっとしながら演奏してくださった姿も素敵でした。

本好きではあっても、読書量のめっぽう少ない絹子は、アンソロ作成なんて到底無理な話である。
せいぜいが国書刊行会の「書物の王国」たちの目次をめくり、これもいいなあれも素敵と酒をちびちびやるのが精一杯。
(実際に素氏と、一冊中何篇読んだ?という遊びを、全巻揃い購入記念にワイワイやってしまったのだけど)
でも、まーた、そんな熱病を呼ぶ、もしかしなくても一部で有名なはずの短編に出会ったのであった。

これはねー、もう。
「人形愛」「フェティシュ」という項目があれば、文句なしに入れたい作品ですよ。
そして、この文庫に収められた「眠れる美女」「片腕」「散りぬるを」は、ぶっちゃけていえば、ロリっこ変態小説という括りで編纂されたにちがいないものです。
美少女たちは眠っている。
近寄る男は、喋られたら困るのである。
目を覚まされたら、恥ずかしくて苦しくて、逃げ出してしまう。
でも、体の一部分なら、撫でることも、お喋りすることもできるというのが、また素敵。

体の中でどこが一番官能的かといえば、そりゃ色々あるとは思いますが、多分指先の動きほど淫らなところはないのではないかと思う。
二月に発行した同人誌でも、こんな挿絵を章頭に入れて、ささやかに官能をくすぐる遊びをやってみた。

hand1.jpg


なぜ、川端康成が全身の中で、腕を選んで愛でることにしたのかといえば、彼がそこに一番ぐっときたに決まっている。
指先が這い回る、男の胸の上で。
掻き抱いてくれる男の首を。
抱いてしまう、しなやかな二の腕を。
そして外されたのは、肩の丸み(全身に含まれるあらゆる丸みを象徴する)ごとだった。
それこそ、間接人形のあの球体を目の当たりにした時に走る、昏い官能と同じこと。

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。
そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。


この冒頭を読んで、うわーっとならない人がいたら、もうどうかしているとしかいいようがない。
曲がりもしない、喋りもしないただの白い棒きれになったかもしれない腕に、彼女は唇を押し当てて生気を送り込んでくれる。
そして男はいそいそと、コートの下に腕を隠して孤独な部屋に戻る。

この文庫のさらに、美味しいところは解説が三島だということだ。
彼は、「片腕」が雑誌掲載されたとき、男が部屋に持ち帰るまでの部分を読んで(つまりはそれが「第一回」と知らずに)、素晴らしい完結をもった珠玉の短編だと感に入ったらしい。
それが、後に単行本化されると、続いているではないか!
そして嗟嘆する。

たしかに第一回の部分だけでは、女の片腕を借りて帰るという寓意が、美しい寓意にとどまって、その代わりに明確な感覚的リアリティーが感じられるが、全篇を通すと、その基本的なアイディアの執拗な展開に、却って悪夢のような感覚的粘着力が感じられ、これが単なる寓喩などではなく、作者の精神ののっぴきならない軌跡を描いているのがわかる。それはアイディアなどではなく、オブセッションだったのである。


ふふふー。
こんなことを言ってしまう三島も大概な(愛着をこめて)人だとにんまりしてしまうのだけど。
オブセッション愛好家としては、ネバネバしてもらって、大変結構なのだけど。(サラサラした百間も大好きなんだけど)

こういったある種奇抜な幻想を提示した際に、書くほうは「どこで終わらせるか」に心底悩んでしまうものだと思う。
放り投げるのか。
落とすのか。
いわば、導入部だけで読者の目の奥の劇場に任せてしまった方が、スマートで楽な場合も多い。
世間一般の猥雑さとはかけ離れた、それでいて見事にいやらしい戯れをした後、男は片腕を抱いて眠りに落ちる。
そして…。
終結のさせ方、あるいは読者の想像に任せきれない描写を読んでいると、彼が死神に肩を叩かれるタイプの人間だと感じてしまうのは、私だけだろうか。
(福永武彦なんて、死神がずーーっと側にいるので、なんだかお友達になってしまったような柔らかさがあるんだけど)

※今回初めてカテゴリーに「P文庫」が登場。
ちなみに、P文庫はパンダこと素天堂氏本棚から借りたものの謂いです。
それにしても数多ある蔵書の最初の感想文が、これって、なんだか笑える。
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