2017-08

子供の瞳

時折電車の中で、ゲームにふけっている人を見かけると、なんとなく羨ましい気分になる。
ゲームをするという行為自体よりも、ゲームに没入して、自意識の世界に落ちよう落ちようとする闇から足をつかむ手に、時には進んで身を投じようとすることから逃れられたらどんなにいいだろうと思うのだ。
いわば、刹那的な脳の解放が図れたら、ずっと気持ちを楽にできるのにと。
ないものねだりなのだけど。

絹子にも確かにゲームや漫画に、野放図に身を投じた一時期があった。
たとえば十数年前。
長い長い学生時代の夏休み。
一方でブルーバックスの算数難問集に取り組み(方程式を使わずに算数で解答を導くのは至難の業)、一方では「提督の決断」という日米対戦で明け暮れもした。
そのころの内面は空洞であったかもしれない。
せいぜいがつまらない勝ち負けに涙を浮かべるだけであり、本を読みたいとも、まして何かを書きたいとも感じなかった。
そうした抜け殻になった自意識と、表層で感じる倦怠とは、「時間を持て余す」という今では考えられない贅沢の真っ只中で、ぶつかり合うことも、交じり合うこともなかった。

死期――と名づけるには、多分もう抵抗があるけど、絹子には区切りの年というのが、ずっとずっと昔から存在していて、幾度もその見えない線を消そうと試みてはきたものの、いまだそれは明々と横たわる白線なのであった。
一日、一日と。
そこに近づくこと。
期日は否応なく迫ってくる、刻々と。
砂粒は指の隙間を流れ落ち、また添えられた指は、流滴を食い止めようとさほど抗っているのでもない。
ただなんとはなしに、常に「為さざるもの」としての悔やみが蔽いかかるだけである。

忘我というよりも、魂の在り処を置き去りにすることは、指をほんの少し開いていることにすぎない。
五指を揃えてまっすぐな平面を作ろうと努めるがゆえに生じる緊張を、営々と続けることは、決して心にも体にもよくないのだろう。
だが、神経生理が導く「痙攣」たとえば、「筋肉が攣る」という事態は、等しく無意識のシグナルとなって表面化する。
それを緩める術は、手を添えて揉み解そうと、新たな「緊張」を生むことにもなる。

眠る時に頭に去来する、瞼の裏側の様々な像、誰とも知れぬ声に重なり、反駁し、あるいは屈する自らの声。
重奏は不安を導き、幾重にもこだまする。
そして絹子は、その不安を先ほど口にした珈琲のせいだとか、自分で無理に引いた線分のせいにしながら、身を起こす。
一時間。
二時間……。
心を鎮静させ、忘我させるための時を費やす。

そういえば、この間、不眠症の話を聞いた。
その老人は
「次に眠ってしまったら、二度と起き上がれないのではないかという危険を体が察知して、眠らせない」のだという。
あるいは
「人が目覚めるのにエネルギーが必要なように、眠るにもエネルギーが必要」
とも。
ただ症例というには深遠な言葉は、逆に眠りに誘ってくれるような気がする。
そしてエネルギーをいくばくか放出しながら、なんとか淵から深みに向かって飛び込むことが叶い、絹子は眠る。

絹子は夢を見る。
あまりにも多くの景色や、人や、あるいは光や文字を。
眺めては触れ合う。
内容を伝えるのはもどかしい。
情報量が多すぎるのだ。
語るうちにぼろぼろと崩れてゆき、まるで遥か彼方に見えた氷山の崩落・白い連鎖がたちまちに眼裏を侵食するように消えてしまう。
長い時間眠っても、気だるさから解放されないのは、往々夢の性質によるのではないかと思っている。
というのも、夢の中では、自分は決して傍観者ではなく、当事者だからだ。
与えられた情況に対処しようと、頭を使ってしまう。
夢の中で思考を繰り返し、起きた不可解な反動にも、答えを与えようとする。
時には慣れない英会話を続け、時には空中に浮かんだ奇妙に哲学的なフレーズが消えようとする瞬間まで読みあげ、時には時刻表を追いかけて、どうすれば自分は東に向かっていけるのだろうと真っ暗な人気のないプラットホームの上で考えている。

さて、どうしてこんな言い回しで話を続けてきたのかといえば。
今日は一日、福永武彦の「幼年」を読んでいたからだ。
もし夏に発行が叶うなら、こんな本を出してみたいと思っている。
題して「眼鏡文人 第二号 特集:福永武彦 子供の瞳編」

絹子は彼の作品に出会ってまだ四年くらいの浅学ものなのだけど、子供の頃の思い出、子供の視線をこれだけ書き続けてきた作家は他にはないのではないかと思う。
そして彼の中で、「子供」を扱った作品ほど切なく仄光る作品群はないと感じてしまう。
「幼年」は小説というよりも、極私的な評論という感じだ。
極私的ではあっても、それはただ思い出をならべた浅薄なものではない。
文字の間から光や風が吹いていて、「寂しさ」を感じなかった少年は、ずっと幼くして死別した母の声を聞いている。
なぜ幾度も幾度も「寂しくはなかった」「孤独というものを感じることはなかった」と繰り返すかといえば、彼は甘える術を持たなかったからだ。
そこで絹子はじっと行間に挟まれた闇を覗き込む。
「甘える」ことがかくも難しいことだと、深く深く頷き、虚空を見つめてしまうのだ。

福永武彦の作品を読むのは、とても時間がかかる。
その理由は、平易な文体にもかかわらず、何度も立ち止まらせられるからだ。
小説は、文字が点を放ち、線を結んでいくことをひとつの力としている。
つまり往々に像が現れ、彼らは語り、何かしらの行動が、何かしらの風景の中で起こっていく。
けれども、彼の場合には、像のほかに作用や反応を引き起こす力があって、それが例えば、瞼の中は真っ暗闇なのに、夢の中では閃光が襲い掛かるように、ありえないほどの光の瞬きが生まれたり、においを感じることができたりする。あるいは、自分の中に眠っていた何かしらの形のない感覚を呼び覚ます。
それが、自分が「子供の世界」というものを特別視する理由なのか、そうではないのかは、まだまだ見極めることができない。

では、序説としてそんな一文を引いて、今日はおやすみなさい。

東京へ来てからあとの小学生としての生活も、眼に見える明るい面があると同時に、どうしても見定められない暗い部分を含んでいるし、要するに私たちは誰しも、最も明るい現在から、過去に遡るにつれて次第に暗くなって行く薄明の世界に住んでいると言い得るだろう。そして私の場合に、それ以後が比較的明るい部分を保っているのに、それ以前は殆ど闇に近いほど暗く、ただ濃霧の中にぼんやりと燈火が滲み出るように、一面の草原の中で遠くに咲いている花の匂がふと鼻孔をふくらませるように、ほんの時たま、仄かな明るみが、かすかな風の息吹のようなものが、私を吹きつけて過ぎて行くだけにすぎない。しかしそういうものを感じる時、私の心は急に悦びにふるえ、この魂を不意に訪れた何か、快く人を眠らせ夢みさせるこの仄暖かいもの、次第に遠くから近づくやさしい音楽、朝の薄靄よりも淡く立ちこめる匂、やわらかく差し込む光に、恍惚と立ち竦んでいるが、それを光とか音とか匂とかに一つ一つ取り分けることも出来ないほど絡み合った感覚は、私が成長して感受性を一層研ぎ澄ますようになった以前に於いても、いな以前の方が尚さら、鋭かったように私は思う。私が雑司が谷の寮にいた頃、夕食の前後、特にそのあとの黄昏どきに中学生の一人が上手にハモニカを吹いていた。そしてその「ユーモレスク」とか「アメリカン・パトロール」とかいうような曲のゆるやかな顫えを帯びた旋律を聞いていると、
何かしら忘れてしまった最も大事なことを子供は急に思い出し、ぼんやりと佇んで暮れて行く空を眺め、庭の向こうの西洋館の二階の窓に点いた灯の明るさ、食堂のそばの桐の木の葉ずれの音、夕餉のそこはかとない匂にまじって、
 坊やは寂しくなんかないわね、
とささやいている誰かの声を聞き、
 うん僕は寂しくなんかない、
と答えながら、また事実少しも寂しさなんか感じもせずに、ただどうしてこのハモニカの曲が魂を促して遠い方へと彼を連れて行くのか、その遠い方には一体なにがあったのかと考えてみる。


「幼年」講談社文庫 32p 薄明の世界 

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