2017-10

帰るべき部屋―これもまた幻想(2)

遠い声遠い部屋 遠い声遠い部屋
河野 一郎、カポーティ 他 (1971/07)
新潮社
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ここのところのマイブームといえば、キーワードは「南部」「ラテンアメリカ」「ユーモア小説」といったところ。
ブームというのは、齧り始めの果実に似て、かつて味わったことのない酸味や、奇妙な舌触りに胸躍らせる瞬間でもある。

南部系では、最初にカーソン・マッカラーズ(現在の探求古書の筆頭)に手を伸ばした。
「心は孤独な狩人」「悲しき酒場の唄」の感性に殴られた気分になったが、恐らくマッカラーズはある程度の年齢を迎えてから掴まえるべき悲哀に満ちている。
思いの矢はことごとこく地に打ちつけられ、踏み散らされていく。
そのベクトルは甘酸っぱくもなく、ほろ苦くもない。
奇態を演じて、ひたすらに物悲しいのだ。
南部系の作品が強くゲイテイストをもつというのも、根幹はこういうところに潜んでいるのだろう。

奇態――マッカラーズもカポーティも登場人物が、皆一様に静かに「狂っている」。
奇人変人のオンパレードともいえる。
ただ狂っていることが、陽に転じないばかりか、陰に転じることもない。
ひたすらにあてどない淋しい狂気なのだ。

「遠い声 遠い部屋」に出てくる面々。
亡き母を捨てた父に招かれる形で、少年ジョエルはその村・スカリイズを訪れた。

ジョエルの父の新しい妻・エイミイは昔を懐かしみ、自働ピアノをかけることしかできない。
エイミイの従兄弟ランドルフは女装癖があり、ジョエルに女の幽霊をみせることになる。
(この人はまあ、結果的にゲイといってしまっていいものか。自分の恋人(女)が好きになってしまった男に恋をして、二人が駆け落ちした後も、ずっと探したい一心で世界各地の郵便局長宛に彼らの居所を尋ねる手紙を出し続けている。でも郵便ポストには、集荷されない手紙が積もっている。この辺りすごくすごく好きなエピソード)
そして息子を息子として認識できない父は、ベッドの中からボールを転がして意思表示をするだけ。

暴力が頭を支配し、「女の子であること」を捨てた少女・アイダベル。
(この子も素敵だ。カーニバルで見世物になっていた小人症の女性に恋をするところなんて特に)
アイダベルが捨てた「女の子」をもらった二倍少女(?)双子の片割れ・フローラベル。
嫉妬深い夫につけられた首の深い傷をもつ女中のズー。
森の聖人・リトルサンシャイン。

眼裏に映るもの。
薄暗い部屋の中に忍び込む少年。
そこでは柱時計の針が錆付いたままだ。
大人たちは黴と埃を綺麗に空気に溶け込ませて、吸っている。
子供たちは、森や叢を駆け回る。
燃え立つ緑の輝かしさは、眼に留まるほんのわずかな範囲。
息を整えで眺めれば、いましも大木が朽ちて倒れていく響きが胸をつかむ。

ジョエル・ノックスは、たしかに少年だった。
目鼻立ちの整いすぎた、華奢で色白で、女の子のようなやさしさを湛えて、茶色の大きな眼と金色の縞の混じった茶色の毛を揺らす。そして十分すぎるほど癇が強くて、小賢しい。
(カポーティが晩年に進むにつれて、心身ともに醜態をさらしていくことを考えると、このように描写された分身が、屈折していて余計に愛しい)

たとえば、残してきた友達には「父親は大金持ちで頼もしくて、毎日が楽しくてしょうがない」と多くの人間が捜し求める「別」の親に出会えた嘘を手紙につづっていく。
一方で、養母に対しては、ついに屈服して「何もかもが楽しくない」と訴える。

閉じ込められてしまった世界の中で、彼は逃げ出したいという思いを少しずつ世界が朽ち果てるように、手放していく。
それはまた、他の人々のように諦念とは異なる、静かなる歪みの中に身を投じているようにも思える。
ジョエルの視線は、どんどんと主体をなくし、傍観者へと溶けていく。
「成長譚」と有体に呼んでしまうのでは、彼の視線の先にある世界の崩壊直前の様が美しすぎで、物足りないことこの上ない。

崩壊寸前ということに関していえば、南部系作品は「頽廃」と評されることが多いそうだ。
実はその意味が、まだちゃんと掴めていない。
なんらかの「正しい美」(こんなものがあるとするなら)が爛熟の果てに腐臭を放ちながら、ぐずぐずと崩れていく様というなら、それは当てはまらないように思える。
むしろかつてそこには、悪しきものがありふれて転がっていた。
時経るうちに、奇妙な干からび方をしていくうちに、一部の者にとっては、「どうしようもなく切なく美しく」見えてしまうものに変化した。
あわれ「美しく」見えてしまう者にとっては、また破壊や崩壊も吐息の先にあることなのだ。

「悲しき酒場の唄」では、小人に恋をしてしまった大女が、別れたム所帰りの元亭主と取っ組み合いの喧嘩をする。
(ちなみに、元亭主→大女→小人→元亭主という報われない三角関係)
その暴力の痛ましさ、美しさ。
大女が求めた小人の愛情は、小人の元亭主への加担という形で悲惨に弾け散る。

「遠い声 遠い部屋」においては、少年ジョエルの冷えたまなざしの先で、崩壊が起きる。
たとえば、こんなシーンが堪らない。

森の奥の廃ホテル。
人を引き込み溺死させるといういわくの池の畔にたつ建物は、相次ぐ水難のために、いまはただ一人の男・リトルサンシャインが棲むだけだ。
おまじないを求めて、ジョエルとアイダベルは向かったが、途中で失敗してしまった。
だが、ジョエルはランドルフと共に、その視覚として捉えられる荒廃の中に足を踏み入れる。老馬に乗って。

炬火のまわりに、うたうような翼の白い聖歌隊が舞い降り、たけり狂った光のとどく中で、はねたり揺られたりした――背を曲げた猟犬が風を切って広間を駆け抜け、その音のない影の足は、蜘蛛の花壇を踏み荒らしている。ロビーでは、蜥蜴が恐竜のように朦朧と薄気味わるい姿をみせる。そして、珊瑚色の舌をしたカッコー鳥は、永遠に三時を指してとまったまま、鷹のように大きく、隼のように荒々しく翼を広げている。
二人は階段の下で立ちどまった。馬の姿はどこにも見えない――合図の痰壷のガラガラという音もすでにやんでしまっていた。
「ジョン・ブラウン……ジョン・ブラウン」
ジョエルの声は静けさを大きくした――どの部屋の中でも、眠りやらぬ何かが聞き耳を立てているかと思うと、彼は身ぶるいした。リトル・サンシャインは炬火を持つ手を高くかかげた、ロビーを見おろすバルコニーから照らし出される――と、そこに、鉄のように身体をこわばらせた馬がじっと立っていた。
「おい、聞こえねえのか、そんなとこに上がってねえで降りてこいっていうに!」
と隠者は命令した、するとジョン・ブラウンは後ずさりをして、鼻を鳴らし、前足で床を踏み鳴らした。と、恐怖に気がふれたように、出し抜けに駆け出し、バルコニーの手すりをぶち壊して、突進した。ジョエルはすさまじい物音にそなえて身がまえた、だがそれは聞こえてこなかった。よく見なおして見ると、馬は首に巻きつけた手綱がわりのロープを梁にひっかけ、宙吊りに揺れている、そして炬火の明かりに照らし出されたその大きなランプのような目は、信じられぬ死の表情に、火の中の顔に、金色に輝いていた。
(p268)


音なき世界の崩壊を目の当たりにしたとき、ランドルフへの思いに気づいたとき、少年が殊更大事にしてきた「部屋」にもその振動を伝えたのだろうか。
ジョエルがしばしば自分の部屋の住人として紹介するミスター・ミステリーは、まだ留まってくれているだろうか。

この作品の中で象徴的に現れる、誰しもが持つ「部屋」の存在を思うとき、絹子は息が苦しくなっていく。
その苦しさは幻と隣り合わせの現実なのだ。

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