2017-08

七つの木柱は七つの音色を奏でる

熊城君、君は木琴(シロフォーン)を知っているだろう。つまり、乾燥した木片なり、ある種類の石を打つと、それが金属性の音響を発するということなんだ。古代支那には、編磬(ピエンチン)のような響石楽器や、方響(ファンシアン)のような扁板打楽器があり、古代インカの乾木鼓(テポナットリ)やアマゾン印度人(インディアン)の刃形響石も知られている。しかし、僕が目指しているのは、そういう単音的なものや音源を露出した形のものじゃないのだ。ところで君達は、こういう驚くべき事実を聴いたらどう思うね――。孔子は舜の韻学の中に、七種の音を発する木柱のあるのを知って茫然となったと云う。また、ペルートルクシロの遺跡にも、トロヤ第一層都市遺跡(紀元前一五〇〇年時代すなわち落城当時)の中にも、同様の記録が残されている
SML328p



さて、「い01」に登場する、【韻学】という言葉。
前後関係を把握していただこうかと長めに引用したけど、
その効果は全くないほど、虫太郎のこの手の話って、
手持ちの貝殻を浜辺に撒いて、もう一度自分の貝殻を探そうとする無益な所業に似て
前後関係もなにもありゃしない。

で、孔子が茫然としたかどうかは、実はまだ十分に調べ切れていないし、
舜の韻学とやらも突き詰めていないのだけど。
今回、無益なら極めて魅せようドロナワをってな感じで、
「七種の音を発する木柱」に着目して、大飛躍してみようというおはなし。
ええ、いきなり中国から、ドイツへびゅわんと飛んじゃいますよ。

念のため、ジェット機に搭乗する前に、【孔子:音楽:七つ】で判明している関連事項を提示しておくと。
孔子が愛好したといわれる楽器に、七弦琴というものがあります。
平安朝末まで、上流階級でかなり流行していましたが中絶し、江戸時代初期に再び中国から伝わったというもの。
このへんを見ると、ちょいと面白かったりします。
ですが、わざわざ楽器を木柱っていうかしら。
なんだか、もっとミステリアスな話が落ちているんじゃないかな、と穿ちなくなる虫太郎の書き方。

そこで、全く眼を新たにして七つの木柱から探り当てたサイトが、ここでした。
そう、ここはシュタイナー教育学の実践において、ライアー(リラ lyre)という楽器を取り入れている人たちのサイトでした。
重要な部分を引用させていただくと。

シュタイナー幼児教育手帖4「治療教育におけるライアー」(ユリ・ユリアンス著 高橋弘子訳)の中でライアー誕生の歴史が詳しく紹介されています。ここでは全てご紹介できないのですが、興味深いのは、音楽家のプラハトと彫刻家のゲルトナーとが、1922年、七つの木柱(ブナ・とねりこ・桜・樫・楡・白樺・楓)からできていた第一ゲーテアヌム炎上の折、燃え残った木片からインスピレーションを得て創を練り模索の後、1926年に最初のライアーの音が響いたということです。



おや?
なんか、素敵なエピソード。
燃えた七種の木柱から楽器をつくったって?
(実際には、燃えさし自体ではないけど、早とちりの僕は、燃えさしだと思い込んでました)
ライアーっていうのは、こういう小さな竪琴。
leir_02.jpg


虫太郎は英語に次いでドイツ語圏から資料を得ていることは周知の事実。
そして、ゲーテアヌムとは、ゲーテの館の意。
ゲーテは黒死館とはガチガチに繋がっている。
これは臭いぞと、素氏に報告すると、なんだか混乱の呈で一冊の本を渡されました。
はい、この時点で探偵団は、中国を一気に離脱していたのであります。

というのも素氏によれば、シュタイナーの建築=ゲーテアヌムは【幻想建築】の中で決して落とすことのできないものであり、長らく着目してきたと。
確かに黒死館とつながりが発見できれば、最高に面白いけど、虫太郎は一度も「黒死館」本文のなかで、シュタイナーの名も、この神秘主義の象徴のような建築の名を出してはいないので、おいそれと連環しているとは言えないのだということでした。
素氏に渡されたのは、この本です。

世界観としての建築―ルドルフ・シュタイナー論世界観としての建築―ルドルフ・シュタイナー論
(1974/01)
上松 佑二

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僕も素氏の足元にも及ばないけど、建築には目がない。
特に奇想/有機的と呼ばれればわくわくするのは必至で、わっと食らいつきました。
シュタイナーという人自身、神秘主義的思想家と呼ばれても、多面体の様相を呈する人でありますから、単純に建築に限って、平面図を眺めるだけですみません。

最初は父親の勧めで鉄道技師を目指し、実業学校に進みますが14歳にして、カントの「純粋理性批判」に出会い、つまらぬ授業の合間、教科書のページに、カント本をばらばらに挟み込んで読みふける。
同時に必須となっていた大量の図面引きから、幾何学への没入が始まる。
工科大学へ進学し、ますます興味の範囲は広がって、一般科学だけでなく、精神科学や歴史学、哲学へも枝葉は広がってゆく。
そして二十代前半にして、ゾフィー版のゲーテ全集の編纂に当たるようになった。
シュタイナーのゲーテとの出会いは詩から「ファウスト」へとむかい、そしてついに「認識論」に至って、彼の後の思想の根幹となすものとなった。

本書では、単純な建築論ではなく、ゲーテアヌム建設に到達するまでの思想の変遷が、事細かに書かれていて、かなりハードな内容になっています。
まさしく上級の建築思想本。

「純粋理性批判」から得た、「存在」に対する疑問から発展し、「意識の拡大」へと発展していく過程や、自我や意識を把握するための「フォルム」が不可欠であること、有機的なフォルムの創造原理にはメタモルフォーゼの理念が生きてくるといった、まさに高次へと上り詰めていく思想の塔が積みあがっていく様を、詳細に読み取ることができます。
また同時に面白いのは、上松氏自身が、若くして相当に思想書や小説を耽読し、思索を重ねたことを存分に匂わせる箇所がやや過剰と思えるほど、噴出していること。
たとえば、宮澤賢治の社会主義リアリズムなんてバカヤロー観とか(ちょい比較論としては熱すぎるくらいに熱い)、マルクス、ユイスマンス、西田幾多郎などなどいっぱい、僕の手に負えないような話も並行して考えさせられることになっています。
また、別件で面白いと思ったのは、ゲーテアヌム同様、長く評価されなかったガウディが、そう同じく息づく建築を目指したガウディが、シュタイナーが編纂したゲーテ本のスペイン語版を大事に持っていたという事実が、へええという感じでした。

多分に、話が横道にずれていますね。
本の感想はおいておいて、本題に入りましょう。

ゲーテアヌムの画像はここ(近代建築ゼミ様)とかを見ていただくと分かりやすいと思いますが。
(もう画像豊富で垂涎の極み!)
本当に、直線を排したむくむく柔らかで不思議な形態。
かといってその図面を眺めると、幾何学の髄に迫る構造体になっています。

1Goet-plan.gif
1Goet-section.gif


1922年に放火によって、わずか二年で焼失した第一ゲーテアヌム。
階段をのぼり、赤ブナの間を抜けると、大ドーム(観客席)に入ります。
入口上部にはパイプオルガンが配され、その大円にオキアガリコボシみたくつらなる小円があり、そこが小ドーム(舞台)になっています。
二円の中心の距離は21メートルで、これは旧約聖書に登場するソロモン神殿の内陣の奥行きに一致します。
二つのドームの下には、シンメトリックに七本の柱が天井を支えており、それぞれの柱にはレリーフが彫られていました。
柱の断面は全て五角形で、前述ライアーがシュタイナーとつながりを持つ経緯となった、各柱の木材も次のようになっていました。

第一柱 白ブナ、第二柱 トネリコ、第三柱 サクラ、第四柱 カシワ
第五柱 ハルニレ、第六柱 モミジ、第七柱 シラカバ

上松氏はこの大ドーム空間を、【宇宙論の列柱の間】と呼んでいます。
今回の検索作業で知ったことですが、「知恵の七柱」という(アラビアのロレンス作)タイトルにもあるように、太陽系の惑星と植物と意識の潮流が密接に結びつく、まさに神秘主義の実体化が、七柱を中心とした構造物で行われているのです。
そう、思い出してください。
虫太郎もこうした、【西洋風洒落】の世界に耽溺し、黒死館で執拗に、環をつなげていこうとしていたことを。
(これ、オシャレじゃなく、ダジャレね、結局は)
たとえば、先日の日記に書いた、惑星、星座、植物、色彩と結びつけたAstoromyの世界は、まさしくそのもの。
ああ、虫ちゃんが目指した黒死館という有機的に息づく幻想建築の具現化が、このゲーテアヌムであったとしてもおかしくないのに。。。
なぜ、シュタイナーと繋がりがつかないのよ、トホホホ。

実は、僕、ひそかに目論んでいるんです。
ものすごく大変だとは知りつつも、やってみたい作業があるんです。
題して、「黒死館以外辞典」!
わはははは。
でもね、虫太郎作品すべての語彙を拾えば、もしかしたら、今まで関連が掴めていなかった、今回の日記ほどアクロバチックな飛躍まではいかずとも、何かしら想像の域を出なかった繋がりが新たに発見できるのではないかと。
そんな風に考えるのは、僕だけかしら?

さて、話があんまり長くなるので、この「世界観としての建築」の中から、関連事項を数箇所引用をして終わりにします。
武満徹さんは、言葉で音を響かせることができたけど。
シュタイナーの建築も神秘の集約と意識の昇華をドームに響かせて、あっけなく焼けてしまった後も、後進者の力で七つの木柱から音を響かせることができた、本当に清澄で和音の連続だなと思った次第でした。

なんだか、読み込めば読み込むほどに。
虫ちゃんが紙の上でも構築させたかった館って、こういう交響楽的なものだったんじゃないかなと思えてなりません。
うん、いつもながらに浅読みでスミマセン。

同じ一九一一年に、シュタイナーは内部空間のさらなる発展と後の《ヨハネス建築》のために、二枚の貴重なオリジナル・スケッチを残している。日本の密教画を思わせるこのスケッチの柱には、次のような文字が書き込まれていた。西から東、つまり入口から舞台に向かい、第一柱(土星柱)には「Das Es それ」、第二柱(太陽柱)には「An Es それに」、第三柱(月柱)には「In Es そのなかへ」とあり、第四柱(火星柱)には「Ich 私(自我)」、第五柱(水晶柱)には「Vom Ich 私から」、第六柱(木星柱)には「Aus Mir 私から外へ」、第七柱(金星柱)には「Ich ins Es 私がそのなかに」とある。
92p



大ドームと小ドームのフォルムのコレスポンダンスは既にこの平面構成から素材の選択に至るまで細心をきわめていたことがわかる。あるとき、ある人がシュタイナーに、何故そのように多くの種類の木を使うのかを問うたのに対して、彼はこう問い返している。
「ヴァイオリンにはA線ばかりが張られているのではないことを、あなたはどうして当然だと思っているのですか?」
228p



大ドーム空間の柱が七本あることについて、シュタイナーは次のように述べている。
「初めからなにか七という抽象的で神秘的な原理が求められたのではなく、ちょうど音には七音階があるように、この柱はフォルムで感ずるオクターブが七で完結するように構成されなければならなかった」(『ドルナッハの建築思想』)
七本の柱はそれぞれが相互に部分となって一つの有機体を構成している。シュタイナー自身のさらなる言葉によれば、この「フォルムで感ずるオクターブ」は次のように発展してゆく。
「後方の〈土星柱〉の間で力強い拍子が始まったかと思うと、それは東側のフィナーレに向かって交響的なハーモニーを奏でてゆく」
エウパリノスが語る如く、「歌う建築は稀である」とするならば、シンフォニーとなる建築はさらに稀であるに違いない。「色彩と音の世界の倫理的体験」という一九一五年の講演のなかで、シュタイナーは建築の音楽性を次のように語っている。
「ここでは建築的なフォルムが音楽的な流れに向かうよう試みられている。列柱間の相互作用によって私たちが得る感覚は、それ自体で音楽的な雰囲気を私たちの魂に喚起することが出来るだろう。私たちの列柱の魂として目に見えない音楽が知覚されるだろう」
246-7p



《言葉の家》と呼ばれたゲーテアヌムの建築はしかし、使用され始めてから約二年後の一九二二年、大晦日の夜半、突如として炎上してしまう。フランス・カルルグレンの『ルドルフ・シュタイナー』から次の一節を引用してみよう。
「一九二二年の夜半、シュタイナーの夕方の講義の最後の聴衆が立ち去った後、ゲーテアヌムの内部から煙が出ているのを夜警が発見した。建物が燃えていた。必死の消火作業にもかかわらず、炎は稲妻のような速さで広がっていった。シュタイナーは大ドームが焼け落ちる寸前の好機に消防士全員を建物の外に呼び出した。・・・ちょうど十二時の鐘の音が鳴りやんだとき、炎が大ドームを射ぬき、その音が天空にとどろき渡った。削られた色ガラス窓は真赤に焼けてはじけ飛んだ。大ドームが倒壊したとき、金属性のパイプオルガンからは緑と青色の炎が燃え上がった。(中略)」
当夜のシュタイナーは寡黙であったが、「多くの仕事と多くの年月・・・」とだけつぶやいていたという。また、先に述べた色ガラス彫りの共働者アシャ・ツルゲーネフもこの炎上の「ぞっとするような美しさ」を次のように書いている。
「一九二三年元旦の曙、大晦日の炎にめらめら燃える二重のアーヒトラーフの輪は灼熱のガラスのように透き通り、光となった柱の上にまだしばらく休らっていた」
建築がやっと言葉の真の意味で芸術の座につくや否や、この建築は計画的な放火によってこうして一夜で灰燼に帰した。マリー・シュタイナー夫人は『新しい建築様式の道』の序文に次のように書いている。
「この建築はあまりにも美しかったために持続することが出来ず、また、あまりにも純粋であったために憎悪されて消滅した」
283-4p




***

さらに蛇足。

【西洋風ダジャレ】つながりで、【和風ダジャレ】といえば。
先日購入した、大塚英志+森美夏の「八雲百怪」が素晴らしくよかった。
「木島日記」たちが100均で並んでいると、バカヤローって叫ぶくらい
待ってましたのご登場。

果たして今まで、
ハーンと会津八一と甲賀三郎を三つ巴で主人公にした漫画を考え付いた人がいたであろうか。
ええ、三人ともまさしくオノガヨウカイ状態で愉しいです。
でもって、この漫画を読むと、和独特のダジャレに引きづられて呪いをかけられて生きているんだなって、思い返すことができました。
早く続き出ないかな~って思ってたら、二巻出ますぜ、うひひ。

八雲百怪 (2)八雲百怪 (2)
(2009/03/05)
森 美夏

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