2017-11

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懐古するべき時代ももたない

先日大量の同人誌をダンボールに詰め込んでロフトにあげた。
これで本棚に並んでいるのは極精鋭部隊、全体の一割弱になった。
僕は卵発掘が好きで、けれども卵が孵ってしまうと、次第に遠ざかる傾向にある。
羽海野チカさん、稲荷家房之介さん、宮本佳野さん、中村春菊さん、草間さかえさん・・・。
みんなみんなメジャーになってしまって、メジャーになったことは嬉しい反面、
多くの人があの頃の輝きや個性を失ってしまったように思えてしまう。
だからこうしたかつての卵は、置き去りにされた殻は、ダンボールに封印されてしまうことも多い。

で、精鋭部隊に留まった中から、よしながふみさんの同人を一気読みしてみました。
SDや銀英やセルフパロ、40冊以上。
実はもう同人誌は元より商業誌も買わなくなったんだけど。
それは輝きを失ったとかではなく、むしろこちらの何かが変貌したせいに思える。
だって、この人変わらずずっと面白いもの。

特に改めて感心したのが、社会性といったものでしょうか。
人が格好よくきりりと見える、あるいは情けなく見える、一つの指標の境目に社会publicとの間の取り方があって。
この指標は好むと好まざると、受攻、弱者強者の配分に使う人もそれなりにはいるけれど。
よしながさんは、その社会性の裏打ち、リアルさがすごいんだと、数年ぶりに驚いた。
世渡り上手で悪辣なくせに、単なる気障やイヤミ人に落ちぶれない。
むしろ可愛げも十分に持ち合わせる。
どうしようもない弱点を持ち合わせる。
真似のできない、堅牢な裏打ち。
それはコマ割りや悉く排除された背景にも繋がっていて。

でも、なんだか、一年、いや数年に一度くらい読み返すといいくらいな。
もっともっとと次を欲したくなる感じではなくなってしまったのは、悲しいなあ。

そもそも自分にとってBLってなんだったんだろう。
過去形で語らなくてもいいけど、妄想もまだ残ってはいるけれど。
間口は確実に狭まった。
必然性と質。
同性愛以前に確かな物語性がないともう駄目なんだ。
同人誌も同じ。
この「同人誌」という言葉さえ、本来の意味を回顧したがる後向きの気分に押しつぶされて、首を傾げてしまうようになった。
本当は、きっと「在る」はずなんだけどね。
仲間を一切欲しないくせに、厳しく批判しあう磨きあう、決して馴れ合いでない世界にこそ使うべき言葉ではないかと思ってしまうのです。
嗚呼、文学はこんなに気持ちの悪いものじゃ決してないはずなのになあ。
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