2017-07

映像化熱望

木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫 Aチ 1-1)木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫 Aチ 1-1)
(2008/05/13)
チェスタトン

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最近、個人的な当たりが続いている読書であるが、
今回のチェスタトン初挑戦も大当たり。
一旦読みかけた本は必ず読了することという掟にしたがっている分、
ハズレを引いている余裕もないと。
そういう訳ですね、絹子さん。

この小説、確かにとっかかりは悪いけど、
なんですか?の疑問を胸にページを繰って三章当たりに辿り着くと、
だんだん漣めいた予感が背中をむず痒くし始めた。

一体、この小説をジャンル分けするなら、どこに分類すればいいのやら。
ミステリー?
ハードボイルド?
思想小説?
いやいや、僕的はこれ、シュールレアリスム小説の筆頭にあげたいです。
アナーキズムを手玉にとった恐怖小説とも。
あるいは緻密すぎて壊れたプロットが奏でるナンセンス叙事詩とも。

だって読後すぐ思い出したのが、ジャリの「超男性」だったんだもん。
客観的に見てしまえば、狂気の沙汰の追いかけっこ、めくるめく色彩美。
あの自転車にまたがって、「ちびくろサンボ」の木を巡ってバターになった虎みたく融解昇華していく雰囲気が、とても似ている感じがしたから。

七曜日の名を冠した反政府主義者が大暴れします。
各人とっても個性豊かだけど、大ボス「日曜日」が怪物なので、
その他の曜日が異常にびびりまくります。
勿論、びびるのにはちゃーんと訳があるのだけど。
その理由はお揃いの青いカードに端を発していると。

なんだ、全然わかんないよ。
ええ、ええ、ごめんなさい。
これ以上の粗筋が書けないのが口惜しいのだけど。
まあ、最初の十ページほど、我慢してみてください。
きっとサイムが、「僕は安息日厳守者だ!!」と口走り、
木曜日候補に挙がっていた友人を蹴落として、難なく「木曜日」に収まる瞬間、
なんて洒落た小説だと必ず思うから。
そう思った瞬間、サイムの悪夢にどっぷり浸ることができるから。

しかしチェスタトンって、難解というか、絶対翻訳難しいだろうなあ。
読み比べしていないから分らないけど、きっと南條さんの訳が悪いんじゃないと思うんだ。
これでも噛み砕きまくっているはずなんだ。
けど、何回瞠目して読み返しても、何を言っているのか分らない部分あり。
特に、サイムが「日曜日」と睨み合いを続けている場面とか、警官と反政府主義について語り合っている部分とか。
どうにも破綻してるんだよね、論理が。
何が書いてあるか、全く不明だったりするんですねえ。

たとえば

思いは激流のごとくかけ巡ったが、一度も思い浮かばなかったことが二つある。
p108



などと書かれれば、思い浮かばないことが2個例示されるのが当たり前なのに。
思い浮かんだ恐怖が書かれているんだよねえ。
おかしいなあ。

あるいは、終盤の「日曜日」が紙吹雪のごとく投げつける、
いったいこの小忙しい追撃の合間を縫って、
いつ書いたんだ!と突っ込みたくなるメモを投げつけるシーンとか。
(ええ、日曜日は愛すべきバケモノですから)
意味不明なんだけど、なんだかチェスタトンにかかると箴言めいてくるから不思議。

「今すぐ逃げろ。君のズボンの伸しの真相がばれたぞ」

「思うに、ふさわしい言葉は“ピンク”ですね」

「あなたさまのおうるわしさは、わたしの心を動かさなかったわけではありません――小さな待雪草より」
p.270-279



どれも意味のない、どうも意味深めいた。
でも・・・きっとこれ酔っ払いが書いた自動筆記に近しいと考えた方が。
きっと心穏やかになるはず。


灰白色の薄暗い公園で主人公サイムが、ルシアンと教義問答めいた論争を戦わせている時空から
観客は幾度となく、闇と光の洪水に翻弄されて、
最後には、一点ぽつんとインクの染みになって消えてしまうこの感覚。
イメージを遮断させる部分、色彩を二値化してしまう部分と。
逆に横溢氾濫させて、読者をカーニバルの狂乱めいた興奮へいざなう部分があんまりにも対蹠的で、翻弄される喜びを存分に味わえるのです。

少し調べてみたら、これ、
オーソン・ウエルズがやっていたラジオドラマ「the Marcury theatre」で
ドラマ化されているんですね。
なんと音源も残っているのですよ。
メタな部分が多すぎて分りづらいと酷評されたみたいですが、さもありなん。
登場人物も多いし、特に禅問答めいた会話を冗長にやってしまうと、聞く気がしなくなるのも分る。

けれど、「木曜日だった男」は、絶対映像化したら面白いと思うんだ。
異常な緊張感がぷつんと切れて、木曜日が水曜日の鼻をつまんで、挙句にそれが取れちゃうところとか。
お前も△△だったのか!と各曜日が叫び合うと、読者(観客)も薄々気づきながら、ぷっと吹いちゃうところとか。
高級なギャグは、タメが肝心とばかりの設えなのです。
加えて、後半には大エキストラを使い、象がパオーンパオーンと吼えながら抱腹絶倒のドタバタ追いかけっこを楽しむことができる。

もしかしたら、昨今難解さを許容する素地が下手なドラマよりはるかに大きい
アニメの方が、もっとスペクタクルになるかもしれませんね。

チェスタトンの宗教観、政治観といったものを併せて考えるならば、
いくらでも深読み可能な作品だろうけど、
このキチガイお茶会、キチガイ双六めいた雰囲気に大笑いできるとそれだけで
十分幸せな作品なのかもしれない。

詩人と狂人たち (創元推理文庫 M チ 3-8)詩人と狂人たち (創元推理文庫 M チ 3-8)
(1977/09)
G.K.チェスタトン

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で、主人公サイムは、ガブリエルっていう大天使の名を冠している。
そして今読んでいる、さらに狂気の沙汰も読者次第な「詩人と狂人たち」の主人公も
同じ大天使さまの名を抱いている。

では、最後にチェスタトンの本当の箴言を引いておしまいにしよう。
そしてチェスタトン大天使ファンは、
チェスタトン公式サイト(?)で↓のフリスビーをゲットして
サイムたちと一緒に、追いかけっこに参加するといいかも。

"Angels can fly because they take themselves lightly."

frisbee.jpg

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Author:絹山絹子
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