2017-06

「城の中の城」 人工庭園

城の中の城 城の中の城
倉橋 由美子 (1984/01)
新潮社
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もしこんな作品が書けたら、もう書くことをやめてもいいという作品。
それが「スミヤキストQの冒険」。
加えていうなら、葛原妙子の「暴王ネロ柘榴を食ひて死にたりと異説のあらば美しきかな」。

無尽蔵の書物の中で、私たちは取捨選択を余儀なくされる。
時間との戦いと考えれば、もうだめ!と思った瞬間に投げ捨てるがよろし、なのかもしれないけれど、最近の絹子はどんなにつらい話でも、最後まで読むことを心に誓っている。判定は最後まで読んでから下すがよろしなのだ。

「城の中の城」を中途でびりびりに裂いて、足でがふんがふんしたくなったのは、本当の話。誓いに従う以前に、最後まで読むことができたのは、ひとつに桂子さん、あるいは夫の山田氏がどういう選択をするかが気になったから。
いわば、技あり。

桂子さんの世界はハイソ。それはそれは鼻につくほどハイソで現在30歳で二児の母。山田氏は大学助教授でかつての桂子さんの指導教官であり、提出された論文は歴代の卒業生の中でも群を抜く。そういう関係であったのに、なぜか「お見合い」という形式で結婚にいたっている。
桂子さん夫婦は、かつての恋人の夫妻とスワッピングを行っていた。でも桂子さんの両親と旧恋人の両親も同じ行為をおこなっていたので、もしかしたら血がつながっているのかもしれないと致すことができなかったという。その辺りまでが「夢の浮橋」という作品に出ている。
今回の主題は山田氏がキリスト教に入信したことから話が始まって、桂子さん本人と彼女を取り巻く環境では、宗教はひとつの病として捉えられており、桂子さんは非常に裏切られた気分で離婚も辞さない。宗教の恐ろしいところは、病人が感染に気づかず、むしろ本人は看護婦気取りで他人を病人に仕立てて菌を撒く。当然ながら治療したいという意思が欠如し、通常なら看護不能な状態に陥ると。
このあたりの言い換えはやっぱり、秀逸なのだけど。
山田氏の柱となるものが弱かったのか、ついにはご主人が宗教を捨て、元の鞘に収まるという結末になっている。
これだけでは、さしたる不快感は生まれないかもしれない。けれど、桂子さんは鞘に収まり三人目の子供を身ごもったと、誰よりも先に旧恋人(本作中に交歓可能となった)に報告して終わるのだ。また長らく不仲だった旧恋人夫妻も新しい子供ができて、それを桂子さんはなんの苦りもなく喜びと表現できる。

不快感は、おそらく子供のことと、もうひとつは道徳の異相なのだけれど。
つまり絹子の子供観というものと、恋愛や肉体のベクトルとでもいえばいいのかな。
絹子の実情をみれば、たとえば娼婦に対する考えなどみれば、決して現実世界と調和してはいないけれど、桂子さんの周辺を眺めていると、なぜ「結婚」という法的手段を結んでいるのかが分からなくなる。
その中に身を投じるなら、覚悟が必要だ。何かを得るために(たとえば社会的な何か)行う必要なんて「城」の中ではまったく無用なはずなのに。枠に流し込まれた意識を解体しからといって、「新しい」と考えるのはおかしい。

と、ここまで腹を立て、まるでどうしても宇宙人と会話しているような実母のことなどを思い出さされて、何日も黒渦が留まっていたかに見えるのだけど。よくよく考えてみれば、彼女は「スミヤキストQの冒険」も「聖少女」も「アマノン国往還記」の時も、ずっと一貫していることがあると気がついた。
なんだかほっとした。
そう、倉橋由美子の世界には本当の人間は出てこない。少なくとも私には人間には見えない。
誰もがアンドロイドなのだ。
「城の中の城」がハイソで鼻につくというのは、ひとつの仮想空間に過ぎない。「アマノン」の女性上位世界も、鞭打たれる愚鈍なQの跪く砂浜も、「ポポイ」のヨカナーンの首が腐敗していく庭園も。すべてはプラスチック製の枠なのだ。
絹子は枠が大好きだった。今も大好きだ。
硬質と軟質の鬩ぎあいをずっと愛おしく思う。
だから「城の中に城」は決してお勧めはしないのだけど、どうやっても倉橋由美子の世界としか言いようがなかった。

作家さんの多くは、書き始める年齢がそれなりに若い。
だから成長とともに変化を遂げるのは当たり前。
一部の人が好むように、絹子も若書きの防護針で威嚇する痛々しさと、荒削りに惹かれる。
「円熟」なんてのはいっそなくてもいいとさえ思うこともある。
倉橋由美子は針を落としていきながらも、空間は守り抜いたと思う。

このあいだの「『父の娘』たち」で指摘されて森茉莉のことを色々考えたのだけど、あの実は熟しきって地面に落ちて、漿液を流してそれが足元に流れ込むまでみんなに気づかれずにいた。
固く青い実としても見づらい実の状態から一気呵成に皮をほぐし弾け出た。それも落ちた地面はアスファルトではなく、ベルベット。ところどころ擦り切れてはいても奔放に寄った皺の谷から山へとゆらりと転がっていく。薄暗い部屋は秘密基地。腐乱寸前の香がずっと広がっている。そんなイメージ。

彼女が書き始めたのは、鷗外が亡くなったのとほぼ同年齢だというのだから。
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