2017-07

sense***sensitive

sensitiveという名の病にとりつかれると、海中にもぐるとどんな風になるのかを某所で書いてみたけど、反応はなかった。
それでいいのだけど。ぶくぶくとチョウチンアンコウの明かりも最小限にして這っていると、そのうちに時々外の景色も見たくなるらしい。
あっぷあっぷ。
そんな日は年に数日あればいいのだけど、その日の世界がどんな風に素敵か少しだけ書いてみたい。
光が粒になって周りで踊り始める。鼻から吸い込んだ息が全身に行き渡って、肺の中で花が開くようになんともいえないいい匂いが体中から溢れ出す。

絹子がおおむね明かりを消しているのは、実は自ら行っていることだということが重要なのだ。
消されているのでは、決してない。
消しているにも拘わらず、光が外から差し込む日は眩しくて、指先が橙に染まっていく気がする。

だから、こんな風に涙一杯で、呼吸もままならなくて、つまりは電流を明かりに回す余裕もないのだけど、それはすべからく己に帰依する話というのも重要なことだ。
また、絹子は決して「悲観的」でもない。
心の中にはカミサマが棲んでいる。
そしていつも過分な幸福を運んできてくれるカミサマに感謝を捧げている。
気持ちは湯船で祈りを捧げ続けた中学生の頃と何も変わっていない。
だからちっとも「不幸」ではない。
どんなに涙を流していても、いつもすべて自分をとりまく環境は完全といっていいほど綺麗な円を描いているといったら、多分信じてもらえないだろう。

多分、あらゆることはsenseに服従している。
これを長らく「自らが振るった刃は、必ず己を切り刻む」という言葉で表してきたのだけど、仕事をしている最中に、じっと刃を見つめながら思いついたことがあった。
ちなみに絹子の仕事は、こんなこと。

二枚の刃をずらして薄く切る。荒削りと本削りと呼ぶ。
このミクロトームブレードは、指でも簡単に切り落とせるほど鋭利なしろものだ。
だけど、標本を作るためには、刃に傷が付くことは許されない。ガラスにのせた組織にメス傷が入ってしまうからだ。
傷は簡単につく。筆の一払い。石灰化した小さな組織の一部でも。
余りに簡単に傷がつくから、緊張感はいやましていく。
そのくせ荒削りで傷だらけになったように見える刃も、実際に指など当ててしまえば鮮血を噴かす刃となる。

多分、こんな感じなのだ。
ある種のsenseというものは。
そして傷の入った組織が恐らく心象風景や投影像なのだ。
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