2017-11

れもんぱい

幻が語りかけてくれないせいで。
僕は最近、たくさんの昔を思い出すようになった。

子供の頃のこと。
それから二十年後のこと。
思い出は、切なくも甘酸っぱくもなく。
むしろ黒く濁っていること、悲しかったことばかりなのは。
メランコリー体質のせいかな。

僕が棲んでいた町は、とてもとても繁華街のど真ん中でした。
今は子供がますますいなくなって、合併につぐ合併で
卒業した小学校はなくなってしまいました。
家業が商売や船舶の子がほとんどで、
サラリーマンの子は一学年に三人だけでした。
その一人が僕でした。
中国人や韓国人の子もたくさんいました。

どこの子もみんな貧しかったように思います。
港の突堤脇に立つ海岸住宅はその頃でさえ灰色の傾きを呈し
小さな小さな部屋に沢山の子供達が暮らしていました。
また国鉄の高架下、始終電車の音が鳴り響く場所。
高架下は実は天井の低い二階屋になっていて、
パチンコ屋さんや、中華料理屋さんや、チマチョゴリ屋さんの二階で
複数の家族が身を寄せて暮らしていました。

僕は、家だけみるとちょっと広かったのですが
でも家の中は嵐がゴウゴウと唸りをあげていました。
「ねだる」「駄々をこねる」という言葉は、
それが叶えられる確率が万分の一でもあるから
できる仕草なのです。
僕たち姉妹は、始めから求めるすべを持ちませんでした。

あの頃、お誕生日会というのが、ちょっと裕福な
ちょっと見栄っ張りな家で行われていました。
多分、今でも残っている風習でしょう。
お誕生日を迎えた子の家におよばれして
ご馳走をたべて、お祝いするといった、ただそれだけのこと。
でも、よばれて、端なくも見せかけの友情の招待状をもらったなら
プレゼントを持参することが義務なのです。
僕は、なにかしら、サンリオショップにでも行って
見繕ったことでしょう。
妹たちも、何度か招かれていた記憶があります。
けれども、僕たちは、一度もそういった会を開きたいと
心に思い描くことすらありませんでした。

低学年の時。
近くにマクドナルドができました。
友達と行っていいと許しがもらえました。
僕はきっと、本当に嬉しかったのだと思います。
バーガーの包み紙も、紙ナプキンも、ポテトの袋も。
みんな持ち帰って缶に詰めました。
それから何度も残った香りを嗅ぎながら、ままごと遊びをしました。

大人になって。
いろんな外の世界の人と出会って。
見たこともない食べ物を出されて。
知らないお店に連れて行ってもらって。
僕はその二十代後半になってはじめて、
家族というものは、時折でもみんなで外で食事をしたり
時折でも旅行というものに出かけるのだと知ったのです。

あの街には、
観光地としても商業都市としても有名なあの街には
あんなにもたくさんの店やホテルが今も昔も並んでいるのに。
そこで働いていた人たちの暮らしはよく知っていたはずなのに。
一度もお客さんになったことがなかったのです。

ある時、ある先生のお宅にお呼ばれしました。
たしか三回ほど伺ったと思います。
奥さまはいつもたおやかでした。
漆黒のつややかな半月の塗り盆を一人に一枚ずつ並べてくれました。
そして、人参サラダにかかったドレッシングをどこそこから取り寄せたとか
茶道につかう器に入れた珈琲がどこそこの百貨店で買ったと
たくさんの渦巻くような、煌びやかな形容詞を聞きました。
世の中には、美味しいものがあまりにも多くあるのだと知りました。

けれども、僕は百貨店が怖いのです。
あの街には、五分も歩けば、ダイマルもミツコシもソゴウもありました。
でも僕が知っているのは
屋上の十円で乗れるおさるの駕籠屋や、
催し物会場でごったがえすお歳暮やお中元だけで
お子様ランチすらほとんど記憶にないのです。
だから今でも、ムンと喉を突き刺す香水や化粧品売り場を通過するだけで
真っ裸にされたような気恥ずかしさに包まれて駆け出してしまうのです。

だから、だんだん僕は。
ホンモノの味というのが、分からなくなっていきました。
美味しいのは、美味しいけれど。
でもありふれて、どんくさい味だって美味しい。
もしかしたら、味覚音痴になっているのかもしれないと。

このあいだ。
職場の近くのケーキ屋さんをのぞいたら、180円の札が見えました。
僕は嬉しくなって、数日後、その垢抜けないはずの洋菓子店に入りました。
レモンパイにミルフィーユ、チーズケーキにチョコケーキ。
四つ買っても1000円でたくさんお釣りが来ました。
お家で、素氏といっしょに食べました。
美味しいと感じていました。
たとえ装飾が素朴で素っ気なくとも、美味しいと。
僕の舌は感じたのです。

お昼休みにその話をしました。
お弁当を囲んだ中に、五十代半ばの女性がいました。
お洋服もお弁当も出かける場所も、いつもなんだか僕からは遠い世界の人です。
豪華で贅沢でよどみがなくて。
仕事もお喋り半分、若い人たちと楽しく過ごす趣味半分な秘書さん。
でも親切で優しい感じではあるのです。
その人が、「レモンパイ」という言葉に釘付けになりました。
「今日買ってかえるわ」と意気揚々と退社しました。
でも。
次の日。
僕はこんな風に言われました。
「すごーーーく、まずかった。もう大失敗」
にこにこと、小さな冗談でも口にするみたいに。

僕は。
僕は謝るしかありませんでした。
冗談めかして、ごめんなさいと言うしかありませんでした。

僕は本当のお母さんが嫌いだけど
それでも、ずっと作ってくれたお弁当の味を美味しかったと信じたい。
今お母さんになってくれた素氏がつくってくれる
たくさんの晩御飯を美味しいと感じる
にこにこと笑ってお酒を重ねる楽しさを、ホンモノだと信じたい。

贅を尽くした美味も、美しさも、芳しさも
何も知らないけれど、
それでも、僕にもささやかに感じ取れる感覚器は備わっていると
信じていたいのです。




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