2017-10

ロボットを目指す者

昨夜の祈りむなしく、爆発しました。
なんとかオペは切り抜けましたが、明後日も爆発かも。
「いっそ殺して」は、原稿修羅場だけの台詞だったのに。

素氏は僕が自分を低く評価しすぎるとよく怒りますが、
期待されることほど僕にとって辛いことはありません。

なぜか立花隆の「中核VS革マル」なんかを熱心に読んでいる昨今ですが、
(パルタイとブントの意味がようやく分かったよ。
倉橋由美子大好きなのに、今更さらさら)
一向に溜まった感想が書けないのであります。


日の名残り (ハヤカワepi文庫)日の名残り (ハヤカワepi文庫)
(2001/05)
カズオ イシグロ

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もし作家が、一作ごとに作風を意図的に変えていると信じているのに、受け入れる側にとっては同じに見えてしまったとしたら。
それはとても切ないことだ。

どうしてだか、僕は一作も読まないうちから、この人とは合うのではないかと、妙な思いこみをしてしまったせいで、先に買い集めてしまっていた。
特に「私を離さないで」はジャケ買い、タイトル買いという、海外文学にとっては、ますます本人のあずかり知らぬ所以で、彼は勝手に思いこみを受け、勝手に叱られてしまっているようだ。

カズオ・イシグロは血統的には日本人である。
けれども幼少から英国に渡り、思春期から現在に至るまで彼の地で生活し帰化した人だから、ほとんど日本的なるものを持っていない。
作風は、均衡と抑制がきき計算されたものだと云われている、らしい。

先に「私を離さないで」を読んで、唸りこんでしまった。
未読の方にとってはきっとキーワードすら与えてはいけないような小説だろうけど。
起こりうる近未来的予測を、その犠牲者の側から捉えたSF、まさしくバイオサイエンス的な小説である。
けれども、ここには科学の根拠となる理論は一切描かれていない。
ただ自覚を持たない、ただひたすら運命に向かって歩いていく「子供」が思春期を迎える様、そして一次的な養護施設から巣立った後の二次的な偽自由施設、そして終末の医療機関へという、三つの階段が描かれているにすぎない。
途中途中に、あからさまなキーワードが現われる。
「提供者」「クローン」という語を聞けば、きっと貴方が想像するそのままの世界が開けている。

では、ここで「彼ら」の運命を目の当たりにして、一瞬でも悲壮感を感じるのだろうか。
答は、ノー。
小説は施設で育ち、最も苦々しく親しかった友人と、長くその彼女と恋人関係にあった彼が提供し、死を迎えるのを看取る看護人の視線で全てを描き取っている。
一人称の小説は、ミステリーではミスディレクションの技巧に一役買うことが多いけれど、ここでは、ただ「見ている」眼、「語っている」唇だけでなく、もっと大勢の人間が「阻まれている」ことに気づく。
語り手だけでなく、施設で育った運命の子供たちは、思考を制御されているのだ。

彼らは、幾たびも疑問を抱く。
提供者にならない道があるかもしれないと、噂が広がる。
それでも、彼らは、本当の意味での運命からの解放を決して知ることはない。

簡単なことなのだ。
手錠も足枷もない。
面倒な過程などすっとばして。
逃げ出せばいいのに!

細やかに描かれた心理描写。
むしろ緻密すぎて、人が何となくの違和感としてしか覚えていない幼い頃の他人との軋轢が、ここでは手を変え品を変え、現われる。
勿論、それが僕にとってとても不快だったと言えるかも知れないが。
実は、彼らが一般的な個人よりも何倍も細やかな心を持っているという状況の一方で、確実に閉鎖された思考があること、生涯閉鎖されていることに気づかないことが問題だった。
作者が閉じこめたこの枠が鮮明に浮かび上がること自体が、とてつもない不快感の原因だった。

そして、カズオ・イシグロを信じたくて。
本当の心というものを見てみたくて。
「日の名残り」を読了したのだけれど。

彼が各作品で手法も題材も変えていると、訳者(ともに土屋政雄)は語るけれど。
悲しいくらいに、僕にはそっくりに見えてしまった。
執事は、優秀なる執事は、まさしく運命の子供達と同じに、枠に閉じこめられた者である。
敢えて云うなら、子供達が教師達に植え付けられた思考回路から抜け出せなかったのに対して、執事は、自ら骨の髄まで執事あることを目指し、いつしか枠に閉じこもってしまったのだから、より悪質である。
この枠には、一向にエロスの匂いがない。
抑圧を抑圧と感じない者は、単なるロボットだ。

「日の名残り」の中で、邸宅で共に働いた女中頭のアプローチを、それが非常に奥ゆかしく人間的なものであっても、いや人間的なものであるからこそ、数々の思い出の中でも、一場面としか残らないものとして描かれているのが分かったとき。
僕はもうすっかり慄然としてしまった。
別段ロマンスなど入れる必要もないのに、まるで、彼女の涙滴を無惨に刺してしまうような描写。
どうして彼女は、あの日泣いていたのでしょうと。
思い出すだけの無関心。

見えるけれども、見ていない。
あらゆる感情があるかに見せかけて、実際は寂寥の心臓。

こんな怖ろしい技法を使って。
こんな不快感を与えて。
そこまで計算し尽くして、一体彼は何を書きたいと望んでいるのか。
かつて無機質だと感じた作家など、完全に抜き去って、カズオ・イシグロは飛び去っていく。
後ろにゾンビめいたロボットを従えて。


わたしを離さないでわたしを離さないで
(2006/04/22)
カズオ イシグロ

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