2017-08

mk

今日も仕事行けず。
時給五千円の、といっても一時間だけのバイトに夜行きました。
平日の朝は鬼門です。
特に雨の朝は薄暗く圧し掛かる気圧は僕の意識を望外へと投げ飛ばす。
何の音も聞こえず、昏々と眠り続けるだけです。
なので欠勤の連絡すらできません。
そろそろ馘首でしょうか。

**

僕はある種の泣き言めいた愚痴は結構好きなのです。
ある種の自虐的な、それでいて痛烈な嫌味を含んだ深みのある愚痴も好きなのです。
どこか、その人の弱さをさらけ出すような嘆きに通じるところがあるからです。
そして同時に社会に不適合な個人の闘争心、たくましさも感じられるからです。
けれど、特に政治的な表層をもって、他人の揚げ足をすくうような愚痴には辟易とします。
また自虐を騙る自意識全開の愚痴にも吐き気を覚えます。

二者の差異は感覚的には明確ですが、
つまり僕の好悪は判然としているのですが、
その差をはっきりと言葉にしようとするのは、実に困難を窮めるのです。
またそういたものに対する嫌悪を、露わにすべきかいつも迷っています。
嫌悪を伝えると、すぐに返り血を浴びてしまうからです。

また己の弱音というものに対して、
自己肯定感が低すぎる不自由な完璧主義者であるために、
それは先の二者のいずれでもない、いたって醜いものに映るのですが
そういうわりには、僕はいつも弱音しか吐きません。

**

いま罹っている医師の初回の面談のおり
「最初に死にたいと思ったのはいつですか?」
という問いがなされました。
これは想定外の問で、とても奇妙に面白く映ったのです。
なぜなら、答えから導かれる診断にどう影響を及ぼすのかと、さっそく回路が分析を試みようとしたからです。

フラッシュバックの鏡は封印にあります。
僕が胸底にしまった多くの恐ろしい記憶、それと希死はおそらく密接していますが
本当ならそれは小学校の低学年にまで遡らなければなりません。
中学生なら明らかにそうです。
が、記憶が欠落させられています。
鮮明にこの意識を思い出すのは、高校生のバス通学の中の事です。
なぜなら、当時もっとも親しかった友人に口走って、手痛く一蹴されたという別の記憶が付随するからです。

それ以降は、カッターナイフの柄を服の上から胸にどんどん打つ記憶、
当時好きだった、既に死んでいる作家への何十枚もの手紙、
そしてある授業で書いた「自分の願い」を綴った英文の内容を指導教官からこっぴどく叱責された記憶
などと連関して浮上してきます。

医師は、おそらく、ウツがいつから始まり、
双極か単極かを見極めたかったのでしょう。

その程度の問だったのかもしれませんが
本当に、ひどく面白く思えたのです。


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kl

薬は効いているのか分からない。

休みの日、誰にも会わなくて済む日は普通にしていられる。
仕事に一日行くと、もうくたくたの極みで。
とてもつまらないことで躓く。

送別会とか、ランチ位なら出てもいいかと思ってても、当日になると吐き気でいっぱいになる。
明日仕事に行かないとと思うと、さっきまであったはずの睡魔が消えて、三時になっても眠れない。
何が嫌なのか、何が怖いのか、自分でも言葉に出来ない。

逃げたいと消えたいというのは同義語である。
それでも無理していくから、ちっともよくならないのかな。

コミケ、二日目はとても過ごしやすかった。
買物、ほとんど行きませんでした。
隣は今回もオリジュネだったけど、結局カラマーゾフ本だけ購入。
三日目も行かずじまい。
ああいう音の反響する会場だと、殊に耳が聞えず。
もちろん、ウツも強かったので、売り子としては役立たずでした。

普通の人が日々重ねている日常という名のあれこれが、何もできないです。
喋れない=質問できない、すぐに疲れてぐったりするの連続で仕事はちっとも進みません。
人の視線や表情をみても、何も気持ちを汲むことが出来ません。
メールとかリプライとかもらっても、苦しくてどうしたらいいのか、分からなくなります。
毎日遅刻ばかりです。
毎週欠勤しています。
でも体は進まず、頭は真っ白で、気持ちは真っ黒です。

静かに家にこもっていることはできないでしょうか。

giveaways

翌日、人と会う可能性がある前夜
翌日、早起きしなければならない前夜

どうにもこうにも眠られない。

怖くて仕方がない。

明日はコミケです。
新刊出せませんでした。
出せても出せなくても苦しいです。
イベント怖いです、
仕事ほど行くのが怖くはないけど、楽しい気持ちは全然湧いてきません。

新しい薬、闇に引き込む力は少し弱めてくれてるようですが、不眠症はむしろ悪化しました。
ヤル気は相変わらず極小で、何もかもが遠く、何がしたいのか、ただ時間の猛烈な無駄遣いをして、一時的に開放され、その後罪悪感に苛まれるの繰り返し。
抑圧や統制は人にされるのは苦しいものですが、克己できるのならそれにこしたことはない、と当たり前すぎることに気付きます。

何もかもが水槽の中に落としたインクのようです。

多色混じり合い、濁って悶えてアイタイするのです。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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