2016-07

黒死館と脳病院

3年前、M山先生宅を整理しに三軒茶屋と駒澤大学近辺をうろうろしているころ、
道端に大量の書籍が捨てられていて、その中から一冊拾い上げたのが
ずしりと重い函入り単行本「楡家の人びと」(新潮社 1964)であった。

ようやく通勤・昼休みの友として、これに取り掛かることになった。
そこには厚手の大きな栞が挟まれていて、裏面は登場人物表になっており、表面には次のモノクロ写真が印刷されている。

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この異様な洋館もどきが、物語の舞台となる、実際に明治36年に竣工された青山脳病院(帝国脳病院)であり、斎藤茂吉の義父、北杜夫の祖父にあたる斎藤紀一(物語では、楡基一郎)が創建したもの。
建物自体は大正13年の失火によって消失してしまったが、
さすがは、新潮社、これを栞前面に印刷してくるところ、気が利いている。

楡家の序盤、登場人物紹介に加えて、おそらく同じ写真を見ながら北杜夫がその豪壮ぶりを描写した箇所を引く。

**

 院代、勝俣秀吉は、そういう歴史的風俗的な意味合をこめて、小さな躯をそらすようにして楡病院の正面を飾る円柱の列を眺めたのであった。その柱は一言にしていうならばコリント様式のまがいで、上方にごてごてと複雑な装飾がついていた。一階、二階の前部は、そうした太い華やかな円柱が林立する柱廊となっていたが、階上は半ば意味のないもったいぶった石の欄干を有するところから、バルコニーとよんだほうがふさわしかったかも知れなかった。さらにもう数歩退いて眺めれば、屋根にはもっとおどろくべき偉観が見られた。あまりに厳密な均衡もなく、七つの塔が仰々しく威圧するように聳えたっていたのである。一番左手のものは、おそらくビザンチン様式を模したもので、急勾配な傾斜をもってとがって突っ立ち、先端はまるで法王でも持っているような笏にも似た避雷針がついていた。次の塔はもっと丸みをおび、おだやかに典雅に自分の存在を主張していた。そうして実に七つの塔がすべて関連もなく、勝手気ままに、それぞれ形を異にしながら、あくまで厳然と人々を見おろしているさまは、それがどんな意味合であれ吐息をつくほどの一大奇観というべきであった。なかでも珍妙なのは、正面玄関の上の時計台に指を屈せねばならなかった。それは他のすべての塔、すべての円柱、いや建物全体とかけ離れていた。ほとんど中国風、というより絵本で見る竜宮城かなにかを思いおこさせた。それでもそれは、とにかく中央にでんともったいぶって位《くらい》していたのである。

(中略)

 そして院代勝俣秀吉は、大きからぬ身体をせい一杯のばすようにして、楡病院の全体をほれぼれともう一回眺めわたした。彼の感覚によれば、それはあきらかに幻の宮殿であり、院長基一郎の測りがたい天才のもたらした地上の驚異そのものなのであった。円柱は白く、高貴に、曇り空の下にもどっしりと連なっていた。尖塔は怪異に、円塔はそれを柔げて、写真だけで見たことのある異国の風景さながらにそそりたっていた。屋根の上には塔ばかりでなく、いくつもの明りとりの窓が、それぞれ独立して屋根をつけて突出していた。もともと屋根裏部屋の天窓なのであろうが、楡病院にかぎりこれは純然たる飾りなのである。全体を一瞥して、もっとも人目を惹く柱廊あたりに注目すれば、これはスペインルネッサンス様式の建物だとある人は説明するだろう。しかし彼とてもまた、少し視野をずらせば、全体の統一を破るふしぎな突出、奇妙なふくらみ、なんといってよいかわからない破天荒の様式に目をやったとき、どうしたって既成の知識の混乱と絶望のなかに匙を投げ捨てたことであろう。なかんづく竜宮城を髣髴とさせる時計台に至っては……。
 しかし、これこそ楡基一郎の天来の摂取力と創造力との結晶ともいえる建築物なのであった。彼はすべての図面を自分一人で引いたのだ。外遊時代彼がひとりひそやかな昂奮を抱いて打眺めた数多の建物が、彼の中に沈殿し、かきまぜられ、そのいかにももったいぶった、鬼面人をおどろかさざるを得ない精神の基準に従って、奔放に、誇らかに、随分とあやしげな情熱をこめて形をとってきたものであった。基一郎は素人とはいえ、もともと建築に、なにやかやとでっちあげることに、並々ならぬ興味と才能を有していた。彼は全霊をこめて図面を引き、出入りの棟梁大工たちを督励し、この滅多にない建物を作りあげたのだった。彼は自ら深川の木場に木材を買出しに出かけた。石材も吟味した。棟梁はほとんど音をあげた。だが、院代を初めとする大多数の人間が、基一郎を特別な人間あつかいにせざるを得ない大病院はこうして完成したのである。
 もちろん現在に至るまでは幾多の増築や改築があった。

25-26pp  ※院代=事務局長



**

この後描写は、大理石も珊瑚も丹念に細工させた人造物であって、「天才的な見かけ倒しの精神」「見せかけの絢爛さ」と暴露するところもでてくるのだが。
この描写どこかで似たようなものを見た気がしませぬか。
改築を重ねたとか、点睛に竜宮の乙姫を描かせたほどの綺びやかな眩惑とか、はたまたケルトルネッサンスとか。
明治19年創建のあの黒死館の偉容をほんの少し思い出させてくれると感じるのは、僕だけでしょうか。

ちなみに山形県の斎藤茂吉記念館には、青山脳病院の精巧なジオラマがあるみたいです。
こちらのサイトに写真が出ていて、うっとり。


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ケイティ

好奇心は猫をも殺す。
これは素氏の好きな言葉であるが、
昨日は好奇心が年を経ても増大し続けることが大いなる原動力をうむという事象に出会う。
東大に積年溜まった科学の「ゴミ」を博物学の生きた証言としてよみがえらせた、インターメディアテクの西野館長とアリャマタ氏の対談。
「ゴミかもしれない」1950-70年代の映像アーカイブに意味を見出す行為。

これらが実際の撮影年代よりも半世紀以上古めかしく見える(モノクロ16mmのせいもある)という、本来の意図と反した価値がある。
あるいは、無機質な科学実験(たとえば、砂地のクラック、水滴の破裂、原虫の増殖)が、ダダ的な前衛効果をはらんでいるという利点がある。
はたまたフォークロアにおいては、別の文明の流入によって驚異的な速度で消滅した文化を、残しえたという、最も目的に叶った資料性を兼ね備えているといった点もある。

上映された映像は、唯一音のついたポリネシアの音楽以外は、非常に眠いものだったが。
そこに好奇心が加わると異様な化学変化をみせ、最短の有効利用としてはアートへの昇華が可能であり、3000にものぼる数のパワーに知の遺産としての価値があると、お二人は説く。
一般人からすれば、満面の笑みでこの活用を説けるだけでも(若干眉唾感をいだきつつも)驚きだが。
もう一つ、お二人の凄さは、好奇心を永続させる、リンクさせる力であって、膨大な己に蓄積したデータと眼前の事象をつなげてゆく、巨大な蜘蛛のなせるわざともいえると思った。

眠い我々は、あらゆるものを宝の持ち腐れにして、
閉じた掌の間からですら、砂粒をこぼし続け、
挙句何もないと嘆くのだ。

それにしても、インターメディアテクは何度行っても楽しい。
何時間でもわくわくしていられる。

***

パプアニューーギニア関係でみつけたナショナル・マスク・フェス、気になる。
われらのアイドル(笑)・ダクダクたちが船に乗ってるやん。

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トリスタン

今夜のタイトルは、イゾルデではなくツェラへ宛てて。

日仏学院ことアンスティチュ・フランセ東京に早く着きすぎて、
一人ジャグリングするフランス人に出会う。
二時間後、彼は夕闇の中、朗々と歌い、ジャグリングパフォーマンスをしていた。

そして村山知義が深くかかわった「三科」の現代解釈再演舞台。
期待を遥かに超えた、つまり現代の映像・音楽を駆使した舞踏作品二点は驚きの連続だった。
構成主義・未来派の大好きな映画「アエリータ」から脱げ出たような衣装と二次元の図形を三次元に躍らせるテクノな構成。
ついで、川端康成と衣笠貞之助のタッグ「狂った一頁」のフラッシュバックに、モブの洪水、胎児の夢(ちゃかぽこちゃかぽこ)の前で展開されるのは前衛的な日本舞踊。

こういう抑制の効いたバランスのいい解釈は、なかなかできぬ。
はーーーっ、ダダ誕生から百年、時空がふっとんだね。

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ダダ百年新聞。
無料とは思えぬ出来栄え、ゲット必至。

**

先日の某おーるないとにっぽんで紹介されていた、小坂忠の「ありがとう」
はっぴいえんどは聞いていたけど抜け落ちていた。
大声で叫んだり、激しいメロディを奏でるだけがパンクではないという紹介。
この曲聞きながら、嫌いなものにであうと怒るでもなく、無言で、あるいは慇懃無礼に対応しつつ、透明カーテンすーっとおろして消えていく素氏の姿を思い浮かべる。
なので素パンク、スパンクな曲。
可愛いじゃないか。




イザベラ

やっと居間のホットカーペットをどけて、夏茣蓙に変える。
ちゃぶ台の周囲にめぐっている大量の本や重いレーザプリンタをどけるのに半日かかる。
段ボール五箱分ほど売る本を選び出したが、同じ夜に五冊本を発注するバカ。

世の中はますます昏い。
買い物にいくたびに、ひどいなと思う。
越後湯沢のリゾートマンションが格安で、移住している人が多いらしい。
社会不適合な僕も限界に近づいていて隠居したい気分が著しい。
この先、絶望した人たちは益々ミニマムな生活を選択して、自分の中にこもっていくようになるだろう。

この夏は、静養と題して、追いかけられているという己の中の魔を消すことにする。
なので夏コミは多分何も出ません。
秋の文フリも申し込んでしまったけど、どうなるかな。
欧文和文ともに色々読んでからにしたいと思う。


リリイ

とにかく動きがのろい。
ふっと気づくと時間がたっているというか、
自分の想像しうるキャパの半分も作業ができない。
この遅さがおそらく鬱のなせる業なのだろうと思う。

一日に何度も黒い穴に落ちる。
他に表現しようがないのだが、心が急にずるんと寒天のように吸い込まれる。
何をしている時とも限定できないけれど、ずるんときてしまう。
その瞬間の不気味さというか、瞬時に音や光が世界から失われる感覚というか。
肉体はあるけれど魂が消える感覚。

**

重い腰を上げて日曜に国立近代美術館の常設展へ。
大好きな松本竣介の絵が十点以上あり、ぎゅうぎゅうに心が上下する。

03530357_1.png

平凡社コロナブックの「松本竣介 線と言葉」
この人の一生を眺めるには美しい線や色彩が再現された図版とともに見るのは欠かせないものだ。
暗色に乗せられた建物の構造線が先に丹念に設計された描線であったと知る。
自画像を描き続ける、逃げぬ心にかけがえのないひたむきさを感じる。

若くして死ぬ、足掻き転がり生き抜いた戦時を跨ぐ人たちの息遣いはいつも僕をゆすぶる。
いつも僕のまなざしは、この周辺にあり、全く辛い時代であったにもかかわらず、現在よりも遥かに豊かさを感じる。
大正から昭和初期のことをずっと考える。
どんどん今が恐ろしくなる、今を象徴するものを全て捨ててしまいたくなる。

モーリーン

眼は開いているが、一日眠る。
つまり金縛りで立ち上がれなかったということ。

100分de名著。
めっぽう難しかった「歎異抄」「五輪の書」にひきつづき、今月は「エミール」
空疎とまではいわないが、やや身に染みてこない。
どうも頭があらゆるものを弾いているらしい。

自然界の美しい秩序を作ったものを「神」と呼ぶ。
教義は抜きにして、あらゆる宗教の基盤となるもの。
そして、自由意志を与えられた人間は「善」を行うために生きるよう神は作られた。
それが人の生きる意味。

前半はひどく共感する。
長年祈りの対象であるところの、僕の神も固定された宗教を超えたものであるから。
けれど、後半は、そうあれかし、という希望に過ぎない気もしてならない。
ただ「善」のもつ意味をもう少し広汎なものに広げれば理解できるかもしれない。
あるいは、受け入れかねるような「束縛」を他者に与えぬということ
真の「自由」を広く認め合うこと、己にさえも枷を作らないということと解釈すれば
そうであれかし、が現実味を帯びた、前を向く一助となるかもしれない。

次回から
安吾ちゃんの「堕落論」だー。
十代の頃の、僕の心の神様だった。
偏愛の書は「夜長姫と耳男」です。

「青鬼の褌を洗う女」を転がり込んできていた後の妻、三千代さんに、
これはお前のことを書いた話だよと原稿を渡したエピソードが大好きだ。

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絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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