2016-06

カテリーナ

声が出ない。
よほど気合と勇気をもたなければ、一言も発せない。

発散させればいいのよ、
なんて声がでなければ、
誰も信用してないのだから、
意味がない。



人から見えない存在でいたい者にとって
承認は全く無用の長物なのだ。
いいね、とか、rtとかつくだけで恐ろしい。
アクティブな反応はなお恐ろしく
その時僕は、監視されているのだと感じる。
異常も極まりつつある。

僕を知る、あらゆる視線から逃げ出したい。
新しい薬は全く効かない。
仕事を止めるのは簡単だけど、復帰できる状態に二度と戻れない気がする。

おそらく僕はひどく世間を馬鹿にしているのだ。
あらゆる事柄を無駄なものとみているから、全てに愛着がわかない。
働くことは時間を売ることだとしか思えない。
誰もいない所なんて「社会」にはないのに。
本を全て捨てれば、身軽になれるだろうか。

地面に足を縛りつける紐や粘着材が少なからずあり、
ならば靴をそこに貼り付けたまま、海へ飛べ。


スポンサーサイト

ミリガン

昨日漫画を買いに行ったら
その本屋はその種の新刊は入荷しないことを思い出し、あーあと思う。
さらに足をのばしてもこの町の本屋にはないだろう。
おとといの夜中に急に精神医ルリアの本が欲しくなってぽちったのだが
その時、頼んでおけば今頃届いていたのにとも思うが仕方がない。

結局、丸尾末広の「トミノの地獄 2」を買う。
むしろカリガリ博士やチェーザレは丸尾君に教えてもらったようなものだ。
「トミノの地獄」といえば、まっさきに久世光彦を思い出す。
彼はこういう残酷で妖艶な死の匂い芬々たる詩をよくエッセイや小説に引用しては、
感化されやすい少年少女、はたまたナリだけ大きい大人子供を煙に巻き、蜜の世界にいざなった。

西條八十の「トミノの地獄」、素敵だな。
ジンタが聞こえてくるよ、黄泉の国から。

姉は血を吐く、妹(いもと)は火吐く、
可愛いトミノは宝玉(たま)を吐く。
ひとり地獄に落ちゆくトミノ、
地獄くらやみ花も無き。
鞭(むち)で叩くはトミノの姉か、
鞭の朱総(しゅぶさ)が気にかかる。
叩けや叩きやれ叩かずとても、
無間(むげん)地獄はひとつみち。
暗い地獄へ案内(あない)をたのむ、
金の羊に、鶯に。
皮の嚢(ふくろ)にやいくらほど入れよ、
無間地獄の旅支度。
春が来て候(そろ)林に谿(たに)に、
暗い地獄谷七曲り。
籠にや鶯、車にや羊、
可愛いトミノの眼にや涙。
啼けよ、鶯、林の雨に
妹恋しと声かぎり。
啼けば反響(こだま)が地獄にひびき、
狐牡丹の花がさく。
地獄七山七谿めぐる、
可愛いトミノのひとり旅。
地獄ござらばもて来てたもれ、
針の御山(おやま)の留針(とめばり)を。
赤い留針だてにはささぬ、
可愛いトミノのめじるしに。

ノエル

聡明な鴉はのたまう。

右をみよ。

正義感丸出しA子
その親衛隊、金魚のふんB子さん
日陰者C子さん
中庸中肉中背中道、平和的D子さん。

ここで何か事件が起きる。
事件と明るみにも出されない陰湿な方法で行われた。

鴉はのたまう。

右をみよ。

鴉でなくとも、前をみるならA子がやった。
だが経験則からいえば、D子が、そのままの顔でやっていても可笑しくないのである。

聡明な鴉はキンキラキンを狙い、
意外に的を外す。
僕は何も欲しくない。



ダイアナ

獅子文六の「娘と私」をあらかた読む。

平易で読みやすく感情の襞を追いかけなくとも、大変詳らかにされている。
名前は変えてあるが、自伝小説で、フランス人の奥様と日本に帰国し、娘が生まれ、妻が死に、次の妻も死にゆく。
娘を育てる、仕事を真面目にするという、文人としてはひどく真っ当な心持ちで、時折あれこれ嫌なことにムスリとしたり、利己的な感情を露わにするけれど、道を逸脱することはない。
そもそも不良は社会の枠を意識しすぎるから起きるので、個人主義者は自身の内面に拘泥しても、あえて暴れてやろうとかいう気概は生まれないのだろう。
だから、この小説にかつて聞かれた文人の破天荒なおかしさを求めても仕方ない。
また、あるいはNHKの朝の連ドラ第1作となったのがムベなるかなで、これが延々続く朝の風景、日本人の好む、女の子の張り切る姿、家族の奮闘の基盤を描いている。
これは奮闘であって、闘争とまではいかず、ましてや相克にまでゆかない。
そのくせドラマとは違って、現実にあったことなのでカラッと晴れ上がることもなく、ジメジメとしている。

説明しにくいな。
なんだか、相容れない、としか言いようがないか。
家族を相当あけすけに描いていても、悲壮も笑いも共感も、一つもないといえばいいのかな。



アルマン

きれいなもの、美しいものと呼ぶものが
その実、単に自分の実体や体験の埒外にあるものを指すのではないか
と思うこともあるのだが。
埒外は途方ものなく広大で、美意識とはなんの関係もなく浮遊しているのかもしれない。

**

外の空気を吸いにゆく。
汐留にミケランジェロの建築素描を観にゆく。

建築は三次元で、あるいは巨大で、あるいは存在するという意味で、
はたまた人を吸い込み、人を生かし殺すものであるという意味で
途轍もない美と不調和を混在させているために、一部の人々を惹きつけてやまない。

実物の外観、中に入って階段をのぼり、柱を触り、幾重にも重なる螺旋を見るのがいい。
薄暗がりで、誰かがこつこつと靴を鳴らす音だけが聞こえるのがいい。
そして、二次元を三次元にし、その骸となった二次元の図面を
特に柱と壁だけの平面図を眺めているのが、愛しい。

大勢の人間が関わらないと実在できないのに、
誰もいないと死んでゆくのに
死んでしまっても、一枚の青焼きの中で声が残響するのがいい。

建物だけでなく
おそらく地図も、そんな風に青い線の中で生きている。

ルネサンスの絵画は好きとはいいがたいけれど(暑苦しいから)
ギリシャに回帰した柱や諸々の装飾的な部材を眺めているのは楽しかった。

そういえば、ミケランジェロの綴りを見ながら
ミカエルとエンジェルを合わせるのか、そうか堕天使様に再度巡り合わせてるのかとか。
どうでもいい想像して会場を後にした。

ユージン

NHKのキラーストレス特集。
扁桃体は古い脳なんだな、
でもってやはり子供の頃に加わった巨大なストレスは後を引くというのは拭えぬ。
軛から逃れたい、そう思っても、大きくなるばかりだ。
誰かとか、何かのせいにするのは嫌いだから、そこに原点を持っていきたくないけど。
今でもあの長い狂気の時間が忘れられない。

コーピング、ストレス発散できる手段をできるだけ沢山書き出す。
散歩するとか、木を触るとか、些細なことでもいいからできるだけ沢山逃げ道を挙げておく。
鬱の種類によって、それを使いこなす。
それでも、逃げ切れなくなったとき、十分間の瞑想(マインドフルネス)を使って、自分を浮かべて解き放てと。

一通のメール、一本の電話。
誰かの些細な一言。
それがぐるぐるぐるする。
たった四日毎日決まった時間に起きることすら異常な体力を使う。
家に帰るまでたった12時間ほど息をつめて、緊張してすごすだけで
残りの三日、泥のように眠り、全身の痛みにのたうつ。

とりあえず、ネット絶つのが一番じゃないかと思う。
ツイッタや一日百通超えのメールとか見るたび吐き気してるくせに、見てるのもどうかと思う。

**

実験の合間に読んでいた19世紀初頭の英国ゴシック小説。
三章まで読んで、なんだろこれ?と引き始めた。
(自分の一応信じている英語力が打ち砕かれるくらい単語が古臭くてね
よく考えると、これ日本では江戸の寛政とか享和年間だから仕方ないのか)

まどろっこしさと愛憎すさまじさが半端ない感じ。
ベネチアに暮らす子供まるだしの貴族夫婦の元にドイツから男がやってきて、そのギラついた男が奥様と不倫に陥り駆け落ち。
一年後、妻をさらった男と出会った旦那は決闘になり、怪我を負って死ぬ。
娘には不義の母親のようになるなとか、この死に瀕した科白の長いことよ。
で、息子も奥さんと同時期に出奔していて、どこ行ったかなー。という感じなのだが。

これってメロドラマ?昼ドラ全開?
本当に恐怖小説になるのかしら?と思い、wikiであらすじを読んでみた。
(wikiの英語は読みやすかった、これまた回りくどいけど
最近、昔留学していた同僚の子に、人によって英文全然違うからと言われた意味がようやく分かってきた気がする、
とどんな言語でも当たり前のことを今頃知る)

昼ドラ全開でした。
当然ながらハーレクインの原型、でもちっともときめかない。
奥様も娘も胸がむかむかするほど、「愛にいきる」女でした。
恐怖要素といえるのは、タイトルになった召使が……っていうところか。
こいつが登場してくれるのが、相当後半というのもなあ。

『恐怖小説史』エディス・バークヘッド(牧神社)にもシェリーの『ザストロッツィ』に影響を与えたとか書いてある。
邦訳が出ないのも、この胸やけ感、厳しいのも分かる気もする。
幻想怪奇と呼ぶにはぬるすぎ、ロマンスには乙女度が低く、恐らくレディコミが一番しっくりくるネタではないかと思う。

まあせっかくなので、もうちょっと、召使出るまで読み進めようかな。

メイガン

夜布団で目を閉じるのがこわい。
明日、ちゃんと正しい時間に起きられるかしら。
明日、這ってでも間に合うかしら。
心臓が苦しくなる。

日中、誰とも話さない。
一人で森や荒野をつくる。
中で英語を読んでいる。
二百年前のおとぎ話を読んでいる。
知らない単語でけつまずく。
つまずいて、また転んで、ヨロヨロして。
タイマーにびっくりすると
森が消えて、目の前に蛍光を発するスライドガラスがあったり、見えない単位で組み換え合体させた遺伝子があったり、大腸菌が手を振っていたりする。

あの荒野は冷え冷えとしているので
本当はちっとも行きたくない。

アンネット

どうやって毎日過ごしてるのか。
一日の中で、早く時間が過ぎろ過ぎろと思っている時間と
待って待ってもうこんなに早く過ぎると思っている時間の
その差異が極端すぎて、追いつかない。
時計が伸び縮みすると箱に押し込められている閉塞感が増す。

世の人はどうしてあんなに元気なんだろう。
そればかり思う。
あんなにお喋りして働いて家事していろんなところに遊びに行って物欲を満たしたくさん読んでたくさん見てたくさん食べて感想や情報を吐き出して。
一体どこからあんなエネルギーが生み出されるのだろう。
雷雲が天にあり、びりびりとニコラ・テスラが操る雷みたいに、多くの人が充電されているのに、僕には雷を弾いてしまう重い鎧をつけて歩いているようだ。

何一つとしてやっている感じがないのに、くたくたになっている。
週四日しか働いていないのに、一日でエラーになる。
体中が痛くて、マッサージとかストレッチとか考えることにも及ばない。
巨神兵がドロドロに溶けながら歩いているのに似ている。
いろんなものをこぼしながら、拾うこともできないまま、
そうしなければいけないらしいことに向かって、
そうしなければいけないことにぐいぐい押されて
盲進する。

人は話をすると楽になる、ということをいうけれど
僕には一向にその気がないというか
愚痴とか発散とか、聞かされている人の反応すら
声を出すことすら、すべて困難なるものになってしまうので
またも、考えの及ばないものになってしまう。

そうすると、発散させたい欲望も
あるいはまた等価に近しいかもしれない物欲のようなものにも似て
一切センサーが働かないことになる。

本すらもう家の中にある分だけで、
一生読み切れない気がして、滅多に買わなくなってしまった。

そろそろ全部溶けて流れてゆくのではないかと思う。



フェリシティ

ずっと考える。
考えること自体いやになり続ける。
しかし思考を制御しているのは、さらに高次の意識なのかもしれないが
それに操られて、みえなくった停止ボタンを暗闇の中で探している。

**

血という枠に依存し続ける人間を忌み嫌う一方で
延々と血の話をし続ける己の狂気と
己のまったく無関係の空間に呪詛を流し続けることに「依存」している己も
また同じ穴の貉であろうとも考える。

**

穏当に一切の私的事項を封印できている
数多の人々に敬意を。

**

僕はいまだ
「狩野にちかづくと、殺されるよ」
といった科白の呪縛から離れることができない。

僕は十六のまま凍りついている。

世の中二病など遥かに愛嬌に富んだものだ。


メリッサ

新幹線の中で
なぜか知らぬ間に我が家にころがっていてヤッホー
小人さんサンキュウ(小人逆さパンダ)な
サーバン「人形つかい」収録「リングストーンズ」を読み進める。

物語の舞台はヒースの荒野ってだけで萌えるね。
湿度の高い話だなと、かなり執拗だなと。
とりあえず八割読んで思う。
子供の支配欲、残虐性を超えた先にあるもの、
一種の宗教的恍惚感の原点。
シュオッブ「少年十字軍」を彷彿とさせるけど、自然描写の凄まじさではまったく違う。
ヘンリー・ジェイムス「ねじの回転」ともまた違う、背景の歴史観やおとぎの国の世界が。

残りはまた明日。

**

第一印象 けっこう愛想よし、けっこう饒舌
第二印象 無口
第三印象 不機嫌
第四印象 ちょー不機嫌

平均として第一から第四が二回ずつくらいでたら終了。
平均だから、そこが普通。
一回しか出ないと相性悪い。
最初から第三なら無理だと思ってください。
五回目でも第一のままなら、奇跡、奇跡。

以上KKの態度の変遷。
各位、そんなもんです、そんなもんなのです。
諦めてやってください。



イヴリィン

早めにいえば穏当に解決の道もみつかるのに、ぎりぎりまで隠し通す癖。
正義や正論が常に正しいと押し通す癖。
その場を切り抜けるために、過去の一切の罪を情で洗い流そうとする癖。
あるいは過去の記憶を激しい憎悪とともに胸に刻み付ける癖。
正攻法よりもはるかに狡猾で冷淡な復讐を試みる癖。
自尊心を無視して他人を自分の管理下に置こうとする癖。

そして、深い鬱。
激しい自尊心。
濃密な自己嫌悪と自家撞着。
さらに狂気。

これら相反する、一見同時には成立しえないと思われるものが
劇場的に共存しているのが、呪わしい僕の血族です。
お前などと似ているなどと認めたくはないのに、
その欠片が必ず誰かに入っている。
罵り合い、泣きわめき、物と心を破壊し続ける。
何十年たってもその繰り返しです。

僕が一切血というつながりを信じず、
いや極端に忌み嫌い
一切子孫を残しえないのもここにあります。

ここに事実はあっても、真実はありません。

**

カズオ・イシグロの熱血教室、録画からずいぶん経って観ました。
フィクションの、作家の存在意義はどこにあるのかを掘り進めていました。

人は、事実も言わないことも往々あり
事実をないがしろにした嘘の土台でようやく危うい均衡をとり
あるいはそのないがしろにした罪を問うたり問われたりして、紛争を極めています。

でもそこには真実はほぼありません。
フィクションの、あるごく一部の(ここを僕はむしろ強調したい)中にだけ
隠された真実が眠っています。
それをメタファーによって語る、気付かせることが作家の使命です。

僕はいまだに、一切人の心がわかりません。
直接会って話す人ですらまったくわかりません。
おそらく、僕の深い絶望や諦念が、とうに放棄をしているせいもあるでしょう。

ごく少ない人の声や気遣いは、受け入れがたいものとして
あるいは歪んだものとして届くために、
「過干渉」や「監視」といったものに変化していまうのです。
そう例えるなら、僕の芯は常に冷え冷えとしていて
灼熱する鉄が近づけば、爆発に近い水蒸気をあげて凍らせてしまわんとするに似る
といえばいいのでしょうか。
(僕自身の狂気もここに潜んでいます
多くの人は、無視を嫌い構われることを望んでいるのでしょうから)

この現実の世界にはないと思うものが
少なくとも僕にはごく一部の、ごく稀有なフィクションにだけ存在する
と信じているのです。
この僕の信条すら、何の真実でもないのでしょう、おそらく。
けれども、僕が諦めず、いつかもう一度過去に出会ったほんのわずかな
真実を語ってくれたフィクションにもう一度出合えるのではないかと思っていたことと
カズオ・イシグロの講義の主旋律は、ひどく共鳴しました。

漫画の中にも、ごく一部にそれは存在します。
おそらく通常の文学との比率でいえば差異はないでしょう。
でも多くのエンタテインメントの中には、僕は見出すことができないし
(もちろん、見出せる人もいるでしょうし、あるいは探す必要性を問うこともない)
古典に海外に向かう傾向もそこにある。

誰も同じ考えである必要など一切ない。
真実の捉え方も
あるいは、真実を求めるか否かにしても。

ただいつも言いたいのは、その考えを押し付けることが
僕にはひどく許しがたいということだけです。

**

その許しがたい境界線は個々人違い
たとえ知人であっても、当然ながら血縁者であっても
いわく不可侵の領域であるのです。

この領域侵害を認めないものが
いかなる罪業や情を超えて、僕を律しているものであるので
ひたすら、ひたすらに、
繰り返し、繰り返し
Leave me alone
そう叫んで不眠を重ねるしかないのです。

**

今日は話を聞き、熟考しました。
人は平気で自己を正当化するのだと
己の狂気には一切気づかぬこその狂気だとも思いました。

法律はよく知りませんが
よく親が子を勘当だと叫ぶように
もし法的に自己の血縁をなきものにできるなら、
どんなによかろうかと思います。
戸籍では抜けているけど、すべての過去の戸籍を塗りつぶす手段が欲しい。

ああそれで、
かつて死とともにテープに吹き込んだ声や映像が消えてしまうと思っていたのと同様
僕をこの世に現した糸が絶たれ、存在自体が消えてしまうのなら
それでも一切構わないのです。

ミランダ

今読んでいるのが、伊東忠太に関する本なのだけど。
内容の良し悪しはまた書くとして
文章のリズムが体に合わないということが、評論や研究書でもあるんだなあと感じる。
句読点、体言止め、論点抽出のための疑問符。
それら全てがことごとく合わないので、戸惑う。
ものすごくよく調査されているのに、勿体ないとも思うけど。
実はこういう感覚は、受け取り方があまりに人それぞれなので、仕方がないや。

それにしてもチュータという音は語呂が良すぎるね。
口の中で転がして、なんと軽やかな音だろう。
普通、稀有な音の方を選んで、
つまりその人が唯一無二であることを選んで呼称にすることが多いから。
たとえば夢野久作は、みな夢野と呼び、久作とはあまり言わない。
乱歩や虫太郎も、珍しい方か。
でも親近感より、尊敬系だと苗字なのかな、どうでもいいけど。
谷崎、三島、塚本っていうだけで、ありふれた苗字もオンリーワン感でるのは、すごいね。

いや、その評論の中で、余りに忠太、忠太っていうものだから。
いかに唯一無二のチュータといえども
たまには「彼」という代名詞使ってくれないと、すごく落ち着かないのだな。
そして、この本の結論としては、「忠太の限界」を諸々の観点から述べているので。
なんだか親しみというより、題材なのかなとも感じ、余計に違和感になるのだ。

愛がないのよね、結局。
リズム云々より、そこが一番残念だったりする。

**

日々ますます喋れなくなってゆく。
声とか反応とかまして笑顔とか。
全部砕けてちって、見守るしかない。

夜、電話のコール振動。
もちろん、吐き気がすごくて、近づけない。
着信履歴がこわくて、まだ触れない。

海山

日当たりのいい海岸にいって、一日ぼんやりしたい。
展覧の好みが合うというのもあるけど、
神奈川県立美術館葉山館の前の浜辺が好きだなあ。
小春日和の頃は最高だな。

特段住みたい街とかないのだけど、
交通の不便をのぞいても、葉山の雰囲気はひどく惹かれる。

**

吐き気が止まらないけど。
なんとか今週の苦悩を乗り切らないと。
絶縁状送っていないけど、むしろほぼ失語状態になってるこの指も脳もそして声帯も。
一切何も伝わらなくていいのだけど、多大なる拒絶だと感じてもらえればいいよ。

そうそう、僕の一生に一回の読書会参加は完了したので、
もう二度目はありませんよ、とか言っておく。

DSC_0378xx.jpg

セーラ

IMG_0476.jpg

僕の実家は三ノ宮から徒歩五分圏内にあり、
十代終わりの真冬の早朝、
まだ始発電車も動き出す前にぴあ三ノ宮店に一番乗りしてチケットを取りにいった。
そのころ一番遠くまで行ったライブは和歌山で、前から五番目でとても嬉しかった思い出がある。

今頃千里君のファンでしたとかいうと、かなり恥ずかしいけれど
僕の中で最もミーハーで、最もポップな時代であった。
沢山励まされていたことも事実で、おそらくあの頃のファンたちも同じ気持ちだったと思う。

数年前からNYでジャズを学び直して暮らしていることを知り
ブログやtwitterを遠くから眺めながら、
ああ千ちゃんは今もバキバキに元気で前向きだなあと思っていたのだ。

で、本日、二十五年ぶりに千ちゃんを見てきました。
いやあ、あんまり期待してなかったんだけど、本当元気、元気。
話も面白いのも変わらず。
ピアニカで一曲披露してもらって。
おそらくこういうブックイベントでは珍しい、抑えた黄色い歓声も漏れ聞こえ。
ああ、かつて会場で飛び上がって「YOU」を一緒に踊っていた女子たちが
すっかりおばさんになってるけど、みんな会いに来たんだなあと。
えらく感慨深かったです。

そして、遠い昔も今日も、元気をありがとうと言いたいです。

モウフとゲンプ

夜は寝つけないし、遅刻もできないし。
午後は顕微鏡で連続写真撮りながら意識朦朧。

それにしても、キーエンスの蛍光顕微鏡は素晴らしい。
というか処理ソフトがめちゃくちゃ使いやすいんだわ。
蛍光フィルターの切り替えとか敏速極まりなし。
弱拡でとったHE80枚とか一気に一枚につながるし、ピントずれないし。
というか前職場の機器や手技がいろいろ前時代的であったのかもしれぬ。
ただ、光学機器単体でみれば、レンズ諸々はライカの方がいいかもねー。

「じゃっかく」「きょうかく」と打っても、弱拡・強拡と変換できないのをみると、
これまた専門用語なのかな……そうだろうな。
機序が通じないのには、一番びっくりしたけど。
顕微鏡で拡大倍率が小さいもの、概ね対物レンズx4~10程度を弱拡といいます。

先日行った板橋区美術館の所蔵展、戦前の日本のシュールレアリストが取り上げられていて
未知の作品に出合えてとてもよかったし、
名著「シュルレアリスム絵画と日本  イメージの受容と創造」(NHK出版)を書かれた
速水豊さんの肝いりだったみたいで。
余計に嬉しかったな。
この時代の前のめり感(だから前衛なのだが)、内省の暗い息遣いと弾けるような模索。
戦前はどの芸術の分野も愛しい。

172842.jpg


その中に浅野孟府「裸婦」という絵がありました。
おや?と思ったのです。
もしやあの浅野玄府の血縁者ではなかろうかと。
モウフにゲンプ、こんな変わった名前、そうは被らないだろうと。
でも調べてみると、モウフ氏(1900-1984)は筆名で本名猛夫。
画家というより彫刻家として著名らしい。
ということで、おそらく無関係だわ、このふたり。
僕の早計が一瞬で砕けたというだけの話でした。

ニコル

不眠に陥ってもそれなりに生きていける。
呪いは延々と続くが、僕は厭なことほど、人に語って蒸散させるのを憂うので
頭に広がる真っ赤な旗を大好きな「マニア・マニエラ」のこの唄にのせて揺らそう。
「アニマル・インデックス」とこれは、究極の名盤といえる。

薔薇がなくちゃ生きてゆけない、だもんねー。



NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ