2015-12

睡魔

お薬手帳探すために、ここにあるだろうと思って本の山を崩していったら
一応買ったことはおぼろに覚えてるけど、読んでない本が猛烈に出てきてびびる。
いや、漫画ですら、すぐに読まないままツンドクちゃんになってる事実。
大人って贅沢だね。
子供の頃は何度も何度も読み返してたのに。
余計に記憶がおぼろになる。

昨日気晴らしに読んでみたミステリー。
先日の神保町祭で買ったクロフツ「チョールフォント荘の恐怖」
あう。
ひどかったの。

前半はまあ、解説にある「文学的」とは言えないまでも、被害者の妻の内面生活が丁寧になぞってあって。
このまま不安に取り憑かれた彼女の一人称で、疑心暗鬼にとりつかれたまま
総ての登場人物に動機があり、犯行現場すれすれの時間差で各々がすれ違っていて、アリバイが堅牢そうに見えても、逆に軟弱で、
こわいわ、私こわいわ~と最後まで一貫してくれれば良かったんだけど。
フレンチ&ロロが捜査に介入し始めた時点で、腐った。
いわゆるキャラが立たないとは、これをいう。
誰もがどこにでもいそうな俗物で、先の動機も平凡で、捜査のだらだら感も。。
そしてギャーな結末も。
文学以前ではないのだろうか。

誰でも犯人になってもいいじゃん。
というくらいキツキツに犯人を潰していくので、結局結末に、意外性が持たせられなくなる。
黒死館も誰でもいいようにみせてるけど。
そうじゃないよ、伸子には必然がある。
夏に出た読書会で、そこのところ、他の人に判ってもらえなくて悲しくなった。
伸子の動機にどれほどの悲しみがあるのか、人間が誰かを殺したいと憎む最大の引き金だと思うんだけど。
虫の大事なロマンチシズムが最もよく込められてるんだけどな、
ノリミズの八面六臂の怪演と色仕掛けに惑わされちゃいけないよ。

折角の金曜の夜もつぶすほど、体調が崩れて、
もういい加減にしてくれと思い、発起して病院に電話かけてみた。
予約の隙間に入れてもらい、とても穏やかで出来るなオヌシな先生で驚く。
痛い検査だったけど、問題なしとのこと。
漢方飲んで様子見てみることになる。

お薬手帳は、全然違う袋に入っていた。
僕の頭も腐ってる。

多羅尾伴内シリーズの第一作と第二作を、日本酒のみながら観る。
すごくよく練られたミステリーになってる。
トリックや映像も工夫がたくさん。

それにつけても、昨日のクロフツめーと怒りがよみがえる。
半額セールで買ったけど、いい値段ついてたんだよ。
そして思う。
人気がないから再版が出ず、数がないからレア度があがっただけじゃないのかと。

冬コミは、オフセ本は諦めました、すみません。
もしかしたらしょぼいコピー誌の方が間に合うかもです。

スポンサーサイト

にゅーてきすと

昔も今も
誰かと好みを共有したい気持ちが欠落しているので
人に聞かれればそれなりに真摯に答えはするけれど
相手が不意打ちに過大な反応を返すことがあると
本当に自分はそれが好きであったのだろうかと首をかしげ
さらに元々満点でなかったものではあるので
つまり、この世に完璧な神業は仮に存在しても一生に一度くらいなものであることを、
もはや僕は重々知ってしまったので、
逆に好きだったものの瑕瑾が目立ち、すこし遠ざけて置きたい気分に変化する。
その処理、一人であっては誰も傷つけない無言の順位付けは
他人を介してしまうと乖離をひろげ、温度差は熱湯と氷水のごと。
僕は何度もこの冷却によって、過ちを繰り返す。
くそ真面目で誤魔化しを赦せないのは、最も己に対してだ。
嘘の微笑みなど、まったくできない。
唯一の対応は沈黙しかないのだけれど、
このつたない技も傷が深ければ、縫合糸として成立しない。
一体、人はどうやってその嘘を通し続けて暮らしているのか、教えてほしい。

そういえば
完璧という崇拝は、若気の至りだといった趣旨の文章を最近読んだ。
おそらく
僕の神様にケチをつける奴は許すまじ
とは、呪いのようなもので
本当は陶酔の瞬間にも目隠ししているだけで、
本人も気づいているのだ、それが完璧ではないことを。
特に幼いころは自分の見つけた宝物はどこからみてもピッカピカでなければならなし、
その輝耀の一条にでも翳りがあったならば
自身が傷つくと同化する。
だからその欠点を葬ってしまうのだろう。

当時の僕も
そうしたピッカピカを探していた、本の国に。
もう評論家はいらないけれど
今でもまだ繙くことのできていない本を読むことを夢見て
珠玉の案内書を時々ながめる。
その溜息の集積。
大嫌いな「賢者の石」(この手の英雄伝的ファンタジーが苦手)の欠片ともいうべき、書名書影たち。

・studio voice のニュー・テキスト特集
・幻想文学のブックガイドマガジンBGM創刊号
(2,3号って検索して存在初めて知ったな)
・工作舎ブックマップ
・荒俣宏「本朝幻想文学縁起―震えて眠る子らのために」

外の空気を吸って映画でも見て
別の落ち葉でも踏みたかったけれど
一日今日も、明日からの恐怖に震えながら家で籠っていました。
月曜の朝の目覚めの恐ろしさが、もう金曜の夜まで蔓延する。
垂れた墨は、ゆるやかにも波濤に変わる。
岩を侵食するだけでなく、火急に崩す白波もあらんことを。







空白

鬱神さまのブラックパワーの強大さにおののく。
総てのやる気を吸い上げるので、僕は手も足も出ない。
本当は仕事に行ってはいけないと病院に行ったら言われそうで、そこもいけない。
ここまで悪くなると思ってなかったな、夏の自分は。

以前の職場では少し調子が悪いと休めたし、
完全月給という安心材料もあったし、
何より原稿が山ほど集中してできた、ある意味のパラダイスであったが。
現職はまず自分の席というものがなくパーテンションどころか、専用のPCすらない。
結構な距離歩いて公園に行き、煙草を吸って深呼吸し、落ち葉と寒さに耐えながら、呆然とするだけの時間で終わる。
人とご飯食べられない病を緩和する唯一の場所なので、
雨が降っていたら、お昼は食べずに煙草だけで済ましてしまう。

恐らく多くの人がこんなふうに生きている。
だから少しでも息抜きできる場所があるだけでも、ありがたいと思うのだ。

冬コミの原稿が全く手をつけられず。
途中まではやったけど、休日になっても、鬱神はべとべとさんみたく、背中に貼りついている。
ヤッツケ的に始めた企画には不満があって、
その不満を自分の不甲斐なさの言い訳にするのにも嫌気が差し、
自分が面白くないと思ったものを出す意義があるのだろうかとまた思い、
腹痛と吐き気はいや増し、
ほんのささやかな、何気ない、本当に瞬間そのトリガー自体は忘却してしまいそうなことが、
心の中に墨を落とす。
墨は一滴でも過大な重力を持ち、ずんと下がる。

誰が悪いのでもなく。
ただただ病気だと思うが、どう対処すればいいのか混迷するまま、
僕はなぜか、相変わらず戦前の科学雑誌蒐集に明け暮れる。
枯葉まみれの公園で、空疎なグラウンドを前に食む冷たいおにぎりに支払う対価を、
むしろあの時代の希望に捧げたいとでも思っているのだろうか。

公園の色彩の変化はすさまじい。
元陸軍病院管轄の職場を含むその一帯の広大な敷地には、
眠り続ける風景がそこかしこにあり、蔦は灰色の建造物に絡まって、
立ち枯れの茎の脳神経のように張りめぐらされた隙間に
紅橙黄と僕の知らない古来の色名を散りばめて晩秋を飾っている。
杉の細かな葉は白っぽく茶ばんで落ちて、ふかふかの足元をつくる。
銀杏もナナカマドも狂ったように色を変える。

僕は毎日彼らをみつめ、
驚きながら、
何も見えていないのだ
と思う。

***

老成した子供は
早くに駆け抜けるごとく鬱を体験し、
その闇を突き抜けると、若返るのだと
僕はその人を見ながら思う。
孤独と一人遊び。
あけすけな欲望と足掻き。
それが花開く時が来て、さぞかしこの人は自身不可思議に感じているだろうと思う。
そして決して一人遊びを手放さないだろうとも思う。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ