2015-04

もしもし教授

浦川教授のゼミ生は、桜が散る頃毎年恒例、
言問の期間に没入する。
教材やテーマを貰う前に、
冬眠前に頬張る苦い丸薬のように
『君の意味を私に教えて』と問われ続けるからである。
生きている意味なのか、と返せば、
そうではないと返される。
あるいは二人称自体の存在価値かと、返せば、
これまたそうではないと返される。
この破綻した不十分な問いに
年間二人が犠牲となり、卒業を放棄。
今年の五月、
意味は教えたくないですと
落雁を撒き散らして一人の学生が出て行った。
もう一人の彼は
ここを根城とでも考えたか
連ねた椅子に薄いマットレスを敷いて体を横たえる。

窓、重いカーテンの隙間に垣間見る桟の数、一枚だけ曇りガラスの嵌った不均衡。

浦川教授は頬杖をついて、紙の束に集中し、
無防備になった学生は身体から約束されていたはずの時間が、
ぬるぬる床に零れてゆくに任せて目を閉じる。

ここに、
何もない。
ここにも
何もない。
ここすら
何もない。
ここから、、、

声にしたつもりはないのに、
丸く汚れた教授の眼鏡の奥で
眼球が一回転、したようだ。
スポンサーサイト

皐月

青空という言葉を口の中で転がすと、
実際に見上げる爽快感とは裏腹に
僕はバタイユがいつも頭を掠める。
次に小説ではなく伝記が蘇り、
梅毒に罹患した父親が椅子に腰掛けている、
その光景と青空の対比が明滅する
という不穏な状態になる。

五月と聞けば、
立原道造の爽やかな五月に、の
ひたひたとした悲恋と相克を思い出す。

人は動き、汗ばみ、陽光の下、微笑むというのに。

橘小夢の展覧会へ行く。
心臓が弱いから、絵を描くもよし、物語を綴るもよし、好きなことをしなさいと少年時代に父親から云われたと。
妖気もあり、淫靡も多分にあり、恐ろしくあるのだけれど、幻視しながらも、どこかバランス感覚の心棒が通っていて、筆致の美しさには惹かれながらも、
ふと、わずかに、
何かピースの不足した感覚をおぼえる。

隣の夢二の詩画をみながら、自己破壊の崖がちらつき、
ああ、そうか、
そこの違いかと思う。

優劣でも好悪でもなく。
タネの割られた奥にある、
明らかな違い。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

最近の記事

FC2カウンター

カテゴリー

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

月別アーカイブ