2013-06

地獄的感覚

さっきまで書いていた日記が、全部消えました。

四十肩がどうやら出たみたいで、毎日湿布三昧です。
肩をぎゅうと抑える、黒いものが飛び出さないように。
ドラマ・カラマーゾフのイワン(いさお)のような気分に浸れるけど、
実際は痛いだけです。

ジュリアン・グリーンの「つみびと」のあらすじや感想も消えちゃった。

がっくりです。

同性愛ネタをちまちま書いてたから、嫌われたのかもねPCに。
まあ気が向いたら、もう一度書きます。

ただどんなにサディステッィクでマゾヒスティックで、
暗くて救いがなくて、
もはやトーマス・マンやマルタン・デュカールのように泣いたりできないほど
深い海の底、闇の中、脇にいる人の苦しい喘ぎ声の反響する中に閉じ込められようとも
僕は、ジュリアンが好きだよ。

でこの暗鬱の正体、魅惑の正体は何かということを。
若き日の福永武彦とジュリアン・グリーンのシンクロぶりについて、中村真一郎が全集月報で書いている。
ということだけは、ちゃんと残しておこうと思います。

その頃、福永がグリーンのなかで最も問題としていたのは、彼の作品を覆っている、恐ろしい地獄的感覚であった。ドストエフスキーを読むために、ロシア語を学んでいた福永にとって、フランスの現代小説には珍しい、この孤独と絶望と狂気と官能とのまじりあった混沌たる世界は、自分の魂の深部を映す鏡のように感じられていたようだ。
それに福永は幼時のプロテスタント的家庭教育によって、清教徒的素質が優勢であったが、グリーンのアメリカ的血液のなかにある、あのピューリタニズムは、一層、彼を惹きつけたものと思われる。



地獄。

それでも、僕はまだジュリアンを読み続ける。

日課となりつつある、彼の日記を一夜一年分読み進めるのをやめない。

コクトーやジッドやマルローとの繋がり。
恋人との精神的に濃密な時間、肉体的には「つみびと」と同じく「飢え」を抑えようと禁欲を強いる時期。
戦争がすぐそばに迫る時期。
小説の裏側。

毎晩、読む。
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Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
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