2013-03

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猫と犬

週に一回くらい。
犬属性な方のおうちに伺い、あるお手伝いをしています。

ニャンコは敵なので、ニャンコ捕獲籠も当初存在していましたが、
今は別のおうちに籠は移ったようです。
敵がいなくなったので、
たとえば昼食に出て無人と知るとニャンコが、こっそり訪れます。
庭は時には色んな鉄屑で一杯になり大変な状態になりますが
何属性か分からぬ色んな獣たちが片づけをして
だんだんに物が減って行きました。

すると。
またニャンコがとことこやって来るのです。
この日は鉄屑を覆っていたブルーシートにお昼寝。
春の日差しを浴びて、寛ぎまくってました。

DSC_02521.jpg

ニャンコも、敵とはいえワンコ氏の不在が寂しいのかもね。
狸族は犬の系譜ですが、実はニャンコの方に愛着があったり。

そんな本当は長閑ではないけど、
長閑に見える、先週の土曜の昼下がりのできごと。
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こわい?

いつもなら、月曜日に寄せられた祝日が、たまには平日のなかほどに来てくれないだろうかと願うのだけど…。
今月はダメだあ。
なんで、水曜日に春分の日が来る?
仕事が山盛りすぎて、これじゃあ二日連続の実験が二回しかできない!
と吼えざるをえないが、まあ僕は、自称孫請け商店なので、企業からもらう研究費が自分のものになる訳もなく。
そもそも、その親会社にあたる先生がお祭り野郎にしかみえない苦手な人なので、報告が間に合わなくても知らんわ!と所詮実験も僕には遊びのうちよと笑っておる次第です。

そう、遊びなの。
全て、一生懸命にみえてもね。
遊びだから、一生懸命に遊んでるわけです。
細胞のご機嫌を覗うのも、組織を美しく染め上げるのも、プラモ作ったりするのと同じなんだな。
もちろん、時に患者さんがすでに手術室に待機していて、僕の作ったものを待ってる、なんていう吐き気の多い緊張の瞬間も訪れてはおりますが。

**

最近、民放というか地方局の映画が結構名画座風になっていて。
先日初めて、「カサブランカ」を観ました。
タイトルは知っていても、未見の映画は多く、これもその一つでした。

ああ、これアメリカだなあと思った。
反ナチのプロパガンダを夢物語に、ひねりの利いたハッピイエンドに仕上げてしまう手腕はアメリカそのものだなあと思った。
ハンフリー・ボガードをニヒルに見せかけた極めてカッコイイ善人に市民派に仕上げること。
悲壮の皮を被った非現実。
愛してる愛してるを繰り返し、ちっとも観客に伝わらない、恋愛観。
綺麗な女性を挟んだ、運命の三角関係。
お決まりの黒人のピアノの陽気さと悲しげな雰囲気と、ラ・マルセエーズの大合唱と。

何も否定できないけど。
これは、僕が現代作家をほとんど読まない理由に似ていたり。
「とてもよくできている」
構成力もツボも知識もキャラの立ち方もみんな揃い踏み。
ついでに、史実もぎゅぎゅっと盛り込んじゃう。
つまり、現代の物語というのは読者を過剰に意識した、ややもすれば迎合的なエンターテインメントなの。

では、何が欠如しているかと云えば、深みとしかいいようがない。
反娯楽性とは、ある種泥臭い、どんくさい。
けれども、そこに生のえぐみと、心を鷲掴みにする何者かが存在する。

僕はもう娯楽は不要なので。
せいぜい自分の一人遊びの範囲に留まった小宇宙の娯楽でお腹いっぱいなので。
ホンモノだけを探していきます。

「カサブランカ」の感想を何度も観てきた素氏に告げると「怖いなあ」と返された。
僕は見えている訳ではないよ。
ただ、自分にとってのホンモノとニセモノを区別しているだけだ。
その物差しが個々人異なっていて当然だから、答えはどこにもない。
ついでに、好き嫌いの判断と、この真贋の区分は似ていながらも、食い違いは見せるもの。

そういう意味で。
先日シネマヴェーラで観た大島渚特集の「飼育」と「絞首刑」はいずれも完璧なホンモノだったけど。
好き嫌いでいえば、各段「飼育」に軍配を挙げてしまう。
かほどに凄まじいスケープゴートという存在のありよう、人間の生の醜さが出ている映画はそうそうない。
日本人だからこそ描きうる醜さを、一切の抜かりなく描き切った傑作だと思う。

まだまだ映画初心者のままだけど。
ようやく去年くらいから自分が本当に探している映画に出会えかけているきがして、嬉しい。

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お気に入りあにめ

僕の仕事は年度末とかちっとも関係ないのだけど。
今年の三月四月はぎちぎちに忙しい。
映画の感想とか色々書きたいのに、目が痛くてダメです。

でも、ほんと心と体は密接で。
二週間前の体を脱皮した!くらい、目覚めがいいのでよしとする。
啓蟄ならぬ、啓狸なり。

来週は一週間に映画7本観に行くぜ!ごー!
渋谷アップリンクで待ちに待ったロシアン・カルト特集始まるぜ!ごー!
ついでにプチバイト4件も来ちゃったぜ!ごー!

そう、ロシアン・カルトの「ドウエル教授の首」ですが。
このジュブナイル版について、小学校の高学年の時、図書館で借りたはいいが、超怖がりだったの僕は、表紙が見られなくて。
机にふせてても、首が浮かびそうで。
湯船の蓋ひらいたら、そこに首が出そうで。
あんまりびびりすぎて、風呂場の扉開いて、向いの屋上へ続く階段に妹を坐らせて入浴してました。

多分、タイトルは「生きている首」だったと思うのですが。
年代的に岩崎書店版かあかね書房版だろうけど、
ネットでいくら探してもあの表紙じゃないんだなあ。
映画のポスターのような構図で劇画風で赤と青の血管状の管がまわりにあって…。
もう一度あの本に出会いたいなあ。

で、話変わって。
ETV(NHK教育)大好き人間としては、いまイチオシのアニメを。
「ひつじのショーン」黒い笑いに満ち満ちた最高のクレイアニメ。
こんなスピード感あふれるクレイどうやって撮影してるのかしら。
おきまりの間抜けな人間(農場主)の裏でいたずら大作戦の羊たち、びくびくの番犬、羊たちと仲の悪い豚。
そいつらがびゅんびゅん飛んだり跳ねたり。
カーチェイスとか、サタデーナイトフィーバーとかしちゃうし。

めちゃくちゃ癒されます。
各回三話ずつ放送だよ。
ニヒヒヒってなるよ。

iu77.jpg
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では、サッカーの巻。
とぼける表情とか目を細めるとことか、めっちゃかわいいよ!

しゃっくり

真面目に仕事すると鬱にうつつをつかす暇もなし。
ハイボール二杯にシチューと鴨の燻製たべたらねむいねむい。

チェスタトン『ローマの復活』てごわいよ。
これ、彼の信仰告白なんだな。
ゴシックやいろんな建築史のてがかりでもあるんだ。
もっと世界史勉強したい…というか興味のベクトルがやっと最近そちらにむきだした。

時間がない。
ずっと残りのことばかり考える。
しゃっくりに追いたてられながら眠る。
明日もささやかな僕の仕事が、顔の見えない患者さんの光になれますように。

露台で焼鳥はいぼーる

春になりましたねえ。
ようやく鬱から抜けだし、金縛りも溶けたもよう。

本日は某魔屈で白衣の箱男に扮したあと、プチバイトで高円寺へ向かいました。
素氏が西部古書市やってるよ~というので、一緒に行くことに。

南部の一階も茶色率高いけど、西部は外の廉価本だけじゃなく中まで真っ茶色。
もちろんそういう背の文字も読みにくい茶本を見て回るのも楽しいけど、個人的には蠢くオッサンたちが何を握っているのかが、いつも気になってしょうがない。
脈絡の読めない束とか、このご時世のせいか「放射線の○○」とか握ってるけど、科学をその古い本で勉強するのかとか。
なーぞーと内心叫びつつウロチョロ。
百貨店系の市も独特の面白さがあって好きだけど、古書会館の市は、ぼろけた謎本が転がっているので、面白さがまた違う。

で、本日の収穫の一冊。
小林一三『私の見たソビエット・ロシヤ』昭和11年 ダイヤモンド社。
二百円なり。
これ、後半に「ソビエット・ロシヤに於ける演劇と映画」というのが入ってて、わーと小躍りしちゃいました。
そこに挿入されたモスクワ劇場のバレエ写真のタイトル。
「三人の太った男」って!
いくらなんでもバレエ的乙女度低すぎないか?

ともあれ戦前のロシア紀行、読むのが楽しみです。


DSC_0250.jpg


その後一度別れて、僕はバイトへ。
合流したのは、古書会館に行く前に、おお!待ち合わせは決まったな!と叫んだ場所。

焼鳥大将さん。
美味いよ~安いよ~~^^ノ
焼鳥最高!

何より、路上にビールケースに板なテーブルが最高にオッサン気分を盛り上げる。
春の宵、夜風に吹かれながら濃いハイボールを片手に馬刺しを頬張る。
互いの戦利品を肴に言いたい放題。

楽しい宴会でした!

緑の天鵞絨

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もう全員と音信不通になってしまったが、当時その学科には12名の生徒がいた。
五週間の教育実習とか死にそうになってやりとげた記憶があるが、あまりにも四年間の記憶は薄い。
特に実質的な英語教育・英会話の授業が苦手で、一方現実世界では何の役にも立たないチョムスキーの音声学とか古典英語とかの授業が好きだった。
英文学は詩が中心で、ミルトンを専門にしていた先生に教わった気がする。
で、三年生の時にチョーサーを習ったのが、マロリーを専門にしていた野口俊一先生だ。

さっき野口先生のことを検索していて、雄松堂書店のHPの片隅に繰り広げられている高宮利行氏のエッセイで、野口先生が2011年に逝去されたことを知った。

僕たちは古めかしい円形の木の机に電話帳二冊分もある厚いペーパーバッグの「カンタベリー物語」を広げていた。
生半可な予習では、すぐに躓く。
知った単語予測でつなぎ合わせた訳文は、すぐに差し止められる。
「そんな意味が本当にありますか?辞書をひきなさい」
何度もその言葉が繰り返される。
思えば、一語一語にこれほど丹念に向き合った時間はその時だけだった。

むしろ先生は偏屈と僕たちの目に映ったはずだ。
気を緩められない緊張が毎週続き、辟易としていた者もいたはずだ。
しかし。
なぜか、本当になぜか。
特段、その同級生たちが奇人の類の属していた(いや一部はいたけど)とも思えなかったし、さして向学心に燃えていたようにも思えないし、中学教師を純粋に目指していた者も多かったし。
だから、12名中、5人もの学生が卒論の担当教官に野口先生を選んだ時は、お互い唖然としたのだった。

僕は本当に恥ずかしいほどに、
ろくでもない論文(いや、英語にもなっていないレポート以下かも)しか書けず、
今もそうだが、なにかというと統計的分類的に結論を導こうとする傾向が強くて、
英詩に現れた薔薇のイコノロジー的なことをまとめたけど。
ほんと噴飯ものも極まっていた。
今になると、何も調べておらず、ただただ薔薇を追いかけて、その詩人の背景や他の作品に触れることさえしなかった。

で、四年生のゼミ。
野口先生は歴代こんなに来たことのない学部生を相手にしてくださった。
それぞれの進捗状況や問題点の指摘は、三年生の時より苛烈だった。
でも、なぜかみんな文句は云わなかった。
なんとなく、先生の奇人ぶりを慕っていたのだと思う。

先生の服装は、いつも同じだった、夏も冬も。
いまだに他の人が着ているのを見たこともない。
緑の天鵞絨のスーツ。
ピアノの椅子の生地を思い浮かべてもらうと早いかな。
あれは坐りこんでくると剥げてくるけど、先生の肱の辺りも擦り切れていた。
小太りで、眼鏡で、頭はうすくなっていた。

各人の経過報告とチェックが終わり、おもむろに先生はお茶にしましょうと告げられる。
助教授室には洗面台があり、そこで水を汲んで、お湯を沸かし、みんなでお砂糖も何も入っていない紅茶を綺麗なカップで頂くのだ。
その時になって、先生が少し顔を緩める。
そしてイギリス時代の話などを少しされたりしたはずなのだが、内容はあまり覚えていない。

先に書いたとおり、教育実習は最大単位のメインイベントで、五週目にはビデオ撮影ありの、学部の先生や附属中学の大勢の先生の評点が加えられる纏めの授業発表会があった。
当時、僕たちは全て英語で授業しなくてはならなくて、四苦八苦。
自分もかつて中学の時そうだったが、実習生を手玉にとる生徒は非常に優しく、ろくでもない英語を聴きとり優等生回答を返してくれるのだ。
野口先生は、評点者ではなかった。
けれど、ゼミ生の中の一人は、先生の自宅の電話番号を調べて、見に来てほしいと告げたのだった。

先生はプライバシーに関わることは非常に敏感だった。
電話をしたことに、ものすごく怒られたと仲間は云っていた。
だから。
五人は野口先生はいらっしゃらないだろうと高を括っていた。

しかし、先生は登場していたのである。
実は僕自身は、「受動態」の説明のために「世界の愛の告白」なるものを書いた模造紙の前で完全にテンパっていた。
だから、あの緑の天鵞絨が廊下に蠢いていたかは分からない。
なぜ分かったかと云えば、後日のゼミで、すべての授業をちゃんと覗いたとおっしゃり、さらに講評までいただいたから。。

ロクでもない論文を提出し、最後のゼミの日だったと思う。
先生は僕たちに、進路を尋ねられた。
教師になるもの、会社にはいるもの、留学するもの、それぞれだった。
そんな中、僕は先生の質問にすべてノーで答えてしまった。
ああ。
その時、もう二度目のセンター試験を受けてはいたけど、二次試験はまだだったと思う。
それでも、ちゃんと自分はこうしたいんですと告げるべきだった。
さすがに、何を考えているのか、君は何もしないでこのまま進むのかという眼差しが、困ったような表情になって現れていた。
最後に僕たちは、いつものフニャっとしたお茶の時間を一番の思い出に、先生に紅茶を贈って辞した。

長い思い出話になったけど。
これまで僕は一度目の大学生活が、ちっとも面白くなかったと思っていたけれど。
今回、チェスタトンのヴィクトリア朝の英文学論を一気読みして、そうは云い切れなかったなと二十年経って理解した。
野口先生だけでなく、他の英文学の授業を思い返して、ああ受けていてよかったと思った。
何もわかっちゃいなかったけど、ここで取り上げられている作家や詩人たちの名前を知っていて、ほんの少しでもどんな作風か知っていて、そしてチェスタトンの物凄い解説と比喩と論理に大笑いできている。
こんなに面白い見方や、纏め方があったのかと息もつけない読書体験。

いや、自慢じゃないです、本当に。
根っこは無知なままなんです。
二十年前の、もう記憶の彼方の授業の端々が、卒論で書いた断片が、さらには中学校時代の読書まで、ぐわっと思い出されて、驚いただけなんです。
スインバーンも、ブラウニングも、ロセッテイ兄妹も、ブレイクも、イェイツも…。
みんな彼方でした。

いまお会いしても何も話せない事は変わりないけど、
野口先生にチェスタトンがこんなこと云ってますけど、どう思われます?とか聞いてみたくなる。
天鵞絨のすりきれた色を思いだし切なくなる。
チェスタトンみたいに、身長180cm体重100kgの巨躯ではなかったけれど、なんとなく思い出の中で風貌や性格が重なってしまうのだ。



もうちょっと色々この本の内容について書きたいので、また後日に持ち越します。

作り手の事情

長時間電車に乗れると読書が進む。
一日二、三時間坐って通勤できるといいのになあとつくづく思う。
何しろ歩いている時間が多すぎるんだよ、僕の通勤時間は。

で、ようやく「クリスティー自伝」読了。
色々知らないことを知ることができてよかった。

私生活的にいうと。
ものすごく世界中を旅行してること。
前夫のアーチーは何しろ暗いことが嫌いで、アガサのお母さんがなくなって遺品整理に帰って朦朧としている間、僕は暗いのが嫌なんだと言っていたと思ったら、浮気していて離婚になったこと。
四十歳の時に、若い(十三歳年下)の考古学者にプロポーズされて、再婚したこと。
演劇やピアノは大好きだけど、人前で話すことが大の苦手だったこと。
家を沢山買って好きなように改築するのが大好きだったこと。
一番好きだった家が大戦下軍に接収されて、戦後勝手に作られた十四個ものトイレを撤収してもらうのにすったもんだあったこと。
長い間、書くことは収入に直結するためになされていたこと。
苦しいことがあっても、いつも感謝と日々の喜びをすべてに見出そうとしていたこと。
牛乳が嫌いなこと。
自分の小説の脚本化を自分で行うことがとても好きだったこと。
そうしてできた舞台を観に行く初日に、いつもどきどきしていたこと。

そして。
意外とこの本には、「彼女は小説をいかにして書いていたか」ということについては、あまり触れられていません。
とはいえ。
いつもヒント、種が何年も抱え込まれて、常にストックされて熟成されるのを待っていたとか。
作家のご多聞にもれず、もーだめー、私何も書けないーと一ヶ月くらい転げまわっていると、ご主人のマックスが、「大丈夫、君はいつも書けてるよ」って励ましてくれたとか。
「そして誰もいなくなった」のような難しいプロットは、何ヶ月もかけて挑戦する喜びがあるとか。
メアリ・ウエストマコット名義で書かれた、いわゆるリリカルロマンスものは、一字の書きなおしもなく、自分のイメージやスケッチが溢れて一気に書き上げられたこと。
作家はよき批評家になることは不可能であると考えていたこと。
なんていうささやかな秘密の開示がありました。

どうやって、なぜ、どこにむかって。
貴方は書くのですか。
その問いかけは愚問になるだろうし、
いや、もし答が見える形で出されていても、それが全てなわけもなく。
作家自身にも言葉にできなことも多く。
むしろそこは、吃音であるがままのほうが、よかったりもする。

少しだけ、その開示されたアガサ主義の一端を引用しておきます。

何かがうまく書けることをあなたは持っていて、うまくそれが書けたと喜んでいて、それがよく売れることを願っている。ならば、それに必要な大きさと形を与えなくてはなるまい。(略)
小説を書こうと思うなら、どんな長さにするか研究し、その制限の中で書くことである。あるタイプの雑誌にあるタイプの短編を書こうとする場合も、その雑誌に掲載されるタイプの短編、長さにすべきである。
自分自身のためだけに書くのであれば、それは別問題である――どんな長さにでも、どんなふうにでも好きなように書けばいいし、それを書いたということを一人で楽しみ満足できるだろう。
生まれつきの天才などと考えて書き始めるのはまちがいだ――天才もいるにはいるが、きわめて少ない。いや、作家は職人なのだ――りっぱな、正直な仕事をする職人である。技術的な熟練を学ばなくてはならない、表現様式の修業に身をゆだねなくてはならない、そうすればその仕事の中に自分の創造的な考えを盛り込むようになれる。

「アガサ・クリスティー自伝」下巻 100p



わたしは戦争中に、一部の人たちが感じていたような書くことの困難はおぼえなかった――たぶんこれはわたしが心の中のべつの部屋へ自分を切り離せたからだと思う。自分の書いている小説の中の人物のあいだにわたしは住んでいられる、そして彼らの会話を口の中でつぶやき、わたしが彼らのために造り出した部屋の中を彼らが歩きまわっている姿をみることができるのである。

下巻 390p



(犯罪者には毒入りの杯か、人体実験での社会奉仕の刑に処すべしと述べて)
探偵小説とは遠くかけ離れたことになってしまったようだけど、わたしが犯罪者よりも犠牲者のほうにより関心を持っているという説明にはなっているだろう。犠牲者に熱心になればなるほど彼のために輝かしい憤りをおぼえ、死の影の谷間から犠牲になろうとしていた者を救いだしたときには、うれしい勝利感でいっぱいになる。

下巻 299p

こぶらかえり

ふくらはぎ一日つりまくってました。
歩きまくる以外普段何も運動してないので当然だけど。

水曜夜はお台場ぜっぷとーきょーでライブに行きました。
もう一生こんな夢のコラボはないぜっ!っていう鯵缶とオクダタミーのライブです。
チケットでは通しで2000番くらい。
なので気合入れました。
オールスタンディングは気合と準備が必要です。

開場の一時間前に到着。
物販周辺人だかり具合をチェック。
物販脇のロッカー以外のロッカーの場所チェック。
外のトイレ、喫煙場所チェック。
軽食で栄養補給。
よしっと、コートや鞄をロッカーに突っ込んで、チケットと小銭と携帯ポケットに突っ込んで、身軽に。

何しろ入場したら突撃必至なので、中のロッカーに預けません、ドリンクコインはライブ終了後に交換、トイレなんかもってのほか!であります。
この日は入場前整列で同年輩のタミオファンの人たちと楽しくお喋り。
こういうライブ初めてということなので、技の伝授したり。
鯵のライブは激しいので、そのこととかなんとか。
ライブって遠い昔パーフリちゃんの時に妹と一度一緒にいっただけで、それ以外ずーっと一人だったから、ちょっと楽しい。
ついでに、普段物凄く無愛想な僕ですが、意外と初対面の人にはにこやかなのよ。
一見さんはOKなのよ。

突撃の結果、なんとか十五列目くらい右寄りに滑り込む。
ここから結構な満員電車状態で30分待つ。
また一人に戻ったので、周囲観察、色んな人の話が耳にこぼれこんでくるので退屈しない。

で、開演。
タミオさんは坐って麦酒ちびちびしながら、ゆるりとギター一本で唄う。
知らない曲が大半だったけど、素晴らしかった。
ボブ・ディランのカバーは知ってる曲だったので、特に渋くてぞわぞわする。
細かい笑いのツボ演出が多く、初心者もちっとも飽きない。
ギターって本当に凄い楽器だと今更ながらにじんわりする。

一時間のライブの後、ちょっと半休憩状態。
すると、この後の激しさを敬遠してかタミーファンの一部が後に下がったので、前進。
おー、十列以下センターに行けました。
実際鯵缶のライブが始まったら、もう周囲のみんなと大ジャンプ~。
自分でも、よくやると思う。いい年なのにな。
これがコブラカエリの原因です。
いやあしかし。
もう、こんな近くにいけて、僕は本当に幸せだよ。
大宮の時は、二階席で双眼鏡だったもの。

詞がいいと言われていますが、僕はその音楽に惚れています。
毎回これだけ違う、かっこいい変化に富んだ音律が刻めるものだと、驚きます。
特に、世界世界世界に収録された曲は、どれも空いっぱいに宇宙彼方まで届くようなコード進行で、聞くたびに体が浮き上がるような開放感があります。
一度妹に聴かせた時、UKだねえ~と評したのがよく当ります。
この日も、NO9という反核反戦歌が唄われたのだけど、もう痺れまくりでした。

ただ、ちょっと思うことは。
最近のライブには助っ人さんがいて、キーボードやメンバー以外にギターが入ったりするのだけど。
と同時に間奏部分のアレンジが相当変わっているのだけど、それがなんか…変化しすぎでキツイのね。
文句じゃないけど、盛り下がるというか…。

でも、そういう細かなこと抜きに、
アンコール後のコラボ部分には大号泣。
自分の憧れだった人と一緒にセッションできるって本当に嬉しいことだろうなあ。
タミオさんが君という花を歌い出した時の、ごっちの顔が困っていて。
人は嬉しすぎたりすると、もう困るしかないのかなあと。
そのあと、マイク外してギター弾かずに歌っている時は、満点の笑顔だった。
みんな狂気の坩堝と化してました。
僕もジャンプにジャンプを重ね、ふりげられた沢山のこぶしの隙間に舞台の上を魅入っていた。

きっとこんな凄いライブ間近で見られるって、もう一生ないだろうなあ。

楽しい楽しい夜をありがとうございました。

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プロフィール

絹山絹子

Author:絹山絹子
狸穴幼稚園の図書委員

kochairo@hotmail.com
Twitter account:@quinutax

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